綾辻行人 19


どんどん橋、落ちた


2000/05/08

 単行本としては、『フリークス』以来約3年半ぶりの刊行になる。綾辻ファンには嬉しい限りだが、綾辻ファンとそうでない方とでは、本作の受け取り方はかなり違うのではないだろうか。

 本作に収録された5編は、いずれも殺害犯当ての形式を取っている。読者は与えられた材料から推理に挑戦することができる。しかし、本作には、綾辻さん得意の叙述トリックが駆使されている。見事に解けたという人は、誰もいないのではないか。正直に言って、こりゃないだろうと僕は思ったが、虚偽の記述はどこにもない。あくまで綾辻さんはフェアである。

 綾辻ファン以外の人が読んだら、ふざけるんじゃないと思うだろう。本を投げつけたくもなるかもしれない。しかし、綾辻ファンの僕には愉快でさえあった。同時に、読者を騙すためにそこまでやるのかと、悲痛な思いにも捕われた。本作は、ある意味で騙しの究極形態だ。ここまでやってしまって、綾辻さんは今後どうするのだろうか…。

 ここ数年、綾辻さんは執筆が進まずに苦しんでいたようだ。本作は、苦し紛れの産物なのかもしれない。しかし、本作で綾辻さんは原点回帰を試みたのではないかとも僕は思う。読者を騙すことに至上の喜びを見出していた、デビューの頃に。

 実際、表題作「どんどん橋、落ちた」は、綾辻さんが京都大学のミステリ研に所属していた頃に書かれた作品が基になっている。また、本作には綾辻さんご自身の内面描写と受け取れる記述がいくつか見受けられる。あくまで小説なのだから、どこまで本気なのかは僕にはわからないが。

 本作は、本格を愛してやまない綾辻さんだからこそ許される作品だ。安易に模倣したらひんしゅくを買うだけだろうし、また模倣して欲しくはない。僕は本作を読んで、綾辻さんがますます好きになった。そして、ますます期待も高まる。時間はどれだけかかってもかまわない。僕はいつまでも、新作を待つ。



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