藤原伊織 03 | ||
ひまわりの祝祭 |
ファン・ゴッホ作の『ひまわり』を安田火災が落札し、同『医師ガシェの肖像』をある個人が落札したことを、覚えているだろうか。当時の日本は、バブル経済の真っ只中。狂っている。僕はただそう思ったものだ。
本作は、絵画に狂わされた人間たちを描いた物語だ。ファン・ゴッホの幻の作品が、もしも存在したら。幻の作品の存在を巡り、様々な人間たちの思惑が交錯する。
本作の主人公である秋山秋二は、『テロリストのパラソル』における島村と同様に、世間との関わりを極力絶って生きていた。彼はかつて、画家として、グラフィックデザイナーとして、優れた才能を発揮した。しかし、妻の英子が自殺を遂げた後、彼はその才能を放棄する。
天才とは不愉快なものだ。そんな言葉が、作中に出てくる。なるほど、秋山は天才なのだろう。天才だからこそ、彼なりに思うところはあるのだろう。しかし、実際に秋山のような受け答えをされたら、この上もなく不愉快に違いない。たとえ、彼がどんな過去を抱えているとしてもだ。
ストーリーとしては、スリルとスピード感に富んでいるし、十分に楽しめる。しかし、秋山に限らず、登場人物たちが魅力に欠けるのは否めない。ヤクザの曽根は、悪役としては役不足な小者である。そして、英子に似ているという加納麻里の存在感の薄さ。彼女の薄幸な人生を考えれば、この扱い方には大いに同情を感じる。
秋山は何のために事件に関わったのだろう。その真意はわからない。しかし、彼の亡き妻への愛だけは信じたい。そうでなければ、あまりにも後味が悪い。『テロリストのパラソル』という傑作をものにした後だけに、不満が残る。