藤原伊織 07


シリウスの道


2005/06/20

 本作を読む前に、藤原伊織さんが食道癌であることを知った。5年生存率は20%だという。もちろん動揺した。しかし、病とは切り離して感想を書いたとお断りしておきたい。

 藤原伊織さんは2002年10月に電通を退社している。3年ぶりの新刊は広告業界が舞台である。元広告マンならではの臨場感。なるほど、電通に籍を置いたままでは色々と差し障りがあったのだろう。読み終えて素直に思った。本作は素晴らしい作品だ。

 主人公である東邦広告副部長辰村の魅力がとにかく大きい。競馬好きで酒好き、見た目はくたびれたおっさん。だが、仕事となれば別。その辰村をターチーと砕けた呼び方をする笹森。訳ありで途中入社し、人一倍勉強熱心な戸塚。自分に欠けているのはこの素直さなんだな。上司である女性部長立花。一致団結して競合案件に取り組む個性的面々。

 過去の作品はひねりすぎていたと思うのである。直球勝負でいいじゃないか。こんなに爽快な物語が書けるのだから。地道な作業にこそ表れる彼らのプロ意識が心地よい。トラブルがどうした。汚い妨害には屈しない。電通時代の藤原さんを勝手に想像してみる。

 藤原作品には御馴染みの「過去の闇」が今回も絡んでくる。25年前の3人の秘密。それは競合案件の背景でもあるのだが、決してメインとは思わない。悲惨なエピソードがなくはないが、本作は基本的に前向きな物語だ。その流れに影響を及ぼすようなものではないとだけ言っておきたい。とはいえ、電機大手の人間としては考えさせられた。

 辰村と立花のロマンス(?)など、ツボを刺激するポイントは数多いが、結末に絡むこのエピソードはどうだ。ああ何てこった…。こういう救いがないわけではない程度に哀しい結末にこそ、読者は打ちのめされるのである。でも、生きていればまたやり直せる。

 本作には『テロリストのパラソル』が好きな読者ならニヤリとする趣向が凝らされている。知らなくても何の問題もないので、広告業界に限らず会社員なら是非読んでみよう。起業家の皆さん、サラリーマンだって勝負しているんだぜ。自分も見習わなきゃ。



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