深水黎一郎 02

エコール・ド・パリ殺人事件

レザルティスト・モウディ

2008/02/17

 講談社のメールマガジンによると、深水黎一郎さんは「蘊蓄系」のミステリを読むのが好きだという。僕自身も嫌いではないが、蘊蓄系ミステリには読者を置き去りにしているものが少なくないと思う。京極作品並に舞台装置にまで昇華させていれば話は別だが…。

 第36回メフィスト賞受賞作『ウルチモ・トルッコ』を読んだ後、まっ先に思ったのはこの人は次回作が出せるのかということであった。その深水黎一郎さんの新刊は、正統的な本格ミステリにして蘊蓄系ミステリ。テーマは美術。理系人間の僕について行けるのか。

 「エコール・ド・パリ(L'École de Paris)」とは、1920年代から40年代にかけてパリで活躍した異邦人の画家たちを指す。厳密な定義はなく、作風は一人一派と言われるほど多彩。サブタイトルの「レザルティスト・モウディ(Les artistes maudits)」とは、エコール・ド・パリについて解説している作中作のタイトルで、「呪われた芸術家たち」を意味する。

 この作中作が、読み物としても大変面白い。平易な文章ながら決して薄っぺらではなく、エコール・ド・パリの画家たちへの愛情が語られている。僕が名前を知っていたのはモディリアーニくらいだったが、彼らの絵を是非とも見てみたくなってくる。

 しかも、作中作はしっかりと本格ミステリとしての伏線の役割を果たしているのである。事件の背景、トリック、殺害方法、動機と、あらゆる面で密接な関係がある。前作のような一発芸的派手さはないが、丁寧に作り込まれ、蘊蓄がただの蘊蓄になっていない。

 捜査を指揮する海埜刑事の甥で、自由人の瞬一郎が探偵役を務めるのだが、蘊蓄系ミステリの探偵役にありがちな嫌味さはない。その点に物足りなさを感じる向きもあるかもしれないが、探偵役がしゃしゃり出ないからこそ事件関係者にスポットが当たるのだ。

 暁宏之が特に魅せられたというスーチンの作品は、日本の美術館にも所蔵されている。とりあえず、東京国立近代美術館に藤田嗣治作「アッツ島玉砕」を見に行きたい。メフィスト賞組の中では異彩を放つ、端正な仕事人深水黎一郎。早くも次回作が楽しみだ。



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