深水黎一郎 05


五声のリチェルカーレ


2010/01/29

 一発ネタ作品『ウルチモ・トルッコ』で第36回メフィスト賞を受賞してデビュー後、薀蓄型ミステリの雄へと転身を遂げた深水黎一郎さん。講談社以外からは初めての作品が出るという。しかも、創元推理文庫のオリジナル作品となれば、読むしかない。

 長編の表題作と短編「シンリガクの実験」との2本立て。早速読み始めるが、うっ、序盤から重そうな展開…。深水作品だから頑張ろうと思えたが。

 昆虫好きなおとなしい少年が殺人事件を起こした。ベテラン家裁調査官の森本は、接見で何とか動機を明らかにしようとするが、唯一聞き出せたのは謎めいた言葉のみ。曰く、生きていたから殺した…。少年の真意とは?

 少年による凶悪犯罪は、ミステリのテーマとしては珍しくないが、積極的に読みたいものではない。少年は前の学校でいじめを受けていた。深水流の端正な文章で綴るいじめ描写は、痛々しさを際立たせる。教師にも親にも頼れず、ひたすら耐えるのみ。

 視点が少年と森本で交互に変わるが、2人はそれぞれ違う分野の薀蓄を披露する。少年は現在の学校に来てから、転機を迎えた。もちろん悪い意味での。少年の好きな昆虫の知識を、彼自身の姿に重ね合わせる手法は見事と言うしかない。昆虫への造詣が深いからこそ、許しがたかった。そして彼の中のスイッチが入ってしまった。

 一方、森本はクラシック音楽好き。バッハを愛聴する彼は、バッハと少年犯罪の類似点に気づいてしまった…のだが、残念ながらこじつけとしか思えない。『五声のリチェルカーレ』というタイトルは、音楽の薀蓄に由来するのだが。

 そして短編「シンリガクの実験」。人心掌握に長けた、学校内の影の支配者。大人も簡単に手玉に取る、実にいけ好かない奴。ところが、彼の地位を脅かす少女が転校してきた? …うーむ、意外な結末ではあったが、何だよそりゃ。

 2編とも本格というより社会派ミステリだが、完成度は高い。少年犯罪に対する有識者の知った風なコメントよりも、はるかに読む価値があるだろう。



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