深水黎一郎 08


言霊たちの夜


2012/05/28

 前作『人間の尊厳と八〇〇メートル』を読んで、深水作品に対する僕の認識に変化が現れた。深水作品といえば、端正な薀蓄系本格ではなかったか? ところが、前作はまだ甘っちょろかったのである。これが深水黎一郎の本性なのだろうか。

 好意的に解釈すると、タイトル通り「言霊」というものを、言葉本来の威力を、小説にしかできないことを追及した作品と言える。最初から映像化が前提という作品も多い中、まったく映像化の需要がなさそうな作品を送り出した。

 「漢は黙って勘違い」。例えば、「汚職事件」と「お食事券」のように、音が同じでもまったく意味が異なる言葉がある。こうした聞き違いによる勘違いが、やがてはテロ事件に発展し…。よくこれだけの勘違いを思いついたものだと感心する。

 「ビバ日本語!」。日本人は英語が苦手と言われるが、外国人が日本語を勉強する方がはるかに難易度が高い。外国人による日本語の勘違いの数々。『ダーリンは外国人』に近いといえば近い。教える優先順位が間違っていると思うが…。

 と、最初の2編までは苦笑いで済んでいた。「鬼八先生のワープロ」。深水さん自ら、女性ファンを減らすかも、と言っていた理由はこれか。ワープロの誤変換をネタにしたとだけ書いておく。元の文章から一部は予想できたが、予想をはるかに上回る弾けぶり…。

 最後にして最長の「情緒過多涙腺刺激性言語免疫不全症候群」。これが最も書きたかったテーマだろう。主人公と同じく、僕も「感動」の押し売りにはうんざりだ。主人公の口を借りた深水さんの主張は、twitterで深水さんをフォローしていれば承知のこと。

 ネット上で、フジテレビの韓流推しに対し偏向放送との批判が巻き起こり、深水さんは有力な反テレビ論者として名を馳せたが、テレビは依然としてメディアの巨人である。近年、テレビ離れが進んでいるとされるが、活字離れほど進んではいまい。

 深水黎一郎は次なる一手を用意しているのか? 僕はあくまで深水作品の一ファンであり、小説さえ出してくれれば何も言うことはないが。



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