畠中 恵 20


若様組まいる


2013/07/30

 『アイスクリン強し』の前日譚に当たる。読み返すと、『アイスクリン強し』にはやや辛い感想を書いてしまったが、本作を読んで見方が変わった。

 明治20年。旧幕臣の子息である通称「若様組」の面々は、生活のために巡査を志し、芝愛宕の教習所に入ったのだが…教習所の幹事は、なぜか若様たちに厳しい。同期も癖のある人間揃い。たった2ヵ月間の教習所暮らしだが、先が思いやられる。

 同期とはいえ、若様組のような旧幕臣側、薩摩などの官軍側、平民など出自は様々。旧幕臣は明治20年になっても賊軍扱いで、冷や飯を食わされている。さらに、同じ旧幕臣でも、若様組のように東京に残った者、徳川宗家について静岡に行った者がいる。

 こうした出自の違いが、同期同士の人間関係にも影響してくるわけだが、幹事の言いがかりも官軍側の挑発も、若様組は受け流す。彼らが最も危惧すべきは、人間凶器園山がぶち切れないかどうか…。そんな若様組だが、武術はお手のものだけに師範には受けがいい。武術はからきしな平民組の面倒を見るはめになるが。

 簡単に述べると、本作は、若様組たち巡査候補生の卒業までを描いているのだが、何とまあ濃密なことか。教習所を揺るがす事態を前に、出自の違いを越えて同期が結束していく点に注目したい。官軍側の誰もがいい目を見たわけではないし、旧幕臣側にも出世した人間がいないわけではない。平民には平民の複雑な事情がある。

 そしてやはり、前作では詳しく語られなかった若様組の背景は見逃せない。決して若様などと優雅な立場ではない彼らは、将来をしっかりと見据えていた。特にまとめ役の長瀬の立派な心がけには、襟が正される思いだ。園山は最初から明かしてくれなかったことが大いに不満なようだが、それは奥ゆかしさというもの。

 ミナこと皆川真次郎も登場し、しっかり重要な役割を担っている。何だか『アイスクリン強し』より菓子の描写が美味しそうなのだが…。



畠中恵著作リストに戻る