東川篤哉 08


もう誘拐なんてしない


2011/04/26

 『謎解きはディナーのあとで』が2011年本屋大賞を受賞し、さらに加熱する東川篤哉ブームに乗じて、鯉ケ窪学園探偵部シリーズも売り上げを伸ばしているという。鯉ケ窪学園高等部オフィシャルサイトまでできてしまった。実業之日本社もしたたかである。

 そんなブームの片隅でひっそりと書店の棚に置かれた、ノンシリーズの本作。一応便乗する帯はついているが、文藝春秋はもっとプッシュしてもいいんじゃないか?

 下関市に住む大学生の翔太郎は、先輩の甲本を手伝い、北九州市の門司でたこ焼き屋台のバイトをしていた。ある日、ヤクザ2人組に追われていたセーラー服の美少女、花園絵里香を助けた翔太郎。ところが、絵里香は花園組組長の娘だった…。

 ある理由から、絵里香と翔太郎、そして甲本の3人は狂言誘拐を企て、絵里香の父の花園周五郎から身代金3,000万円を強奪しようとする。狂言誘拐というネタ自体に目新しさはない。そして、落とし穴があるのがお約束である。

 関門海峡を挟んで隣接し、関門橋によって陸路で結ばれている、下関市と北九州市の位置関係。解説では本作の旅情ミステリの要素を指摘しているが、ピンポイントにこの舞台を選んだことには、本格ミステリとしての大きな理由があるのだ。

 キャラクターの魅力も大きい。組長の周五郎は威厳の欠片もない。組員たちもどこか憎めない。言葉使いといい気風のよさといい姉御肌な絵里香の姉、皐月。だが、あくまで一般人。一見お嬢さんだが、極道の娘らしく度胸満点(というより無鉄砲)な絵里香。

 一応主人公であろう翔太郎は、涙ぐましい頑張りの割にすっかり道化役。翔太郎と甲本の関係は、烏賊川市シリーズの流平と鵜飼に通じるものがある。コメディとしての完成度も高い。しかし、やはり本格ミステリとしての構成力に注目したい。

 この舞台ならではの伏線に、僕が一切注意を払わなかったは言うまでもない。乗りが軽い上にトリック自体は極めてクラシックだが、騙されなかった人にだけ批判をする資格がある。僕ですか? もちろん資格はないです、はい。でもいいのさ。



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