東野圭吾 06


魔球


2000/12/06

 本作は、『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞した前年、最終選考に残った作品である。解説によれば、東野さんは三度目の応募で栄冠を射止めている。つまり、本作は東野さんが書いた二作目の作品ということになる。二作目にしてこの完成度とは…。

 『魔球』のタイトル通り、本作は野球をテーマにしたミステリーである。『放課後』と比較すると、登場人物たちに強い意志を感じる。中でも、春の選抜高校野球大会に出場した開陽高校のエース、須田武志が注目される。

 九回裏二死満塁の場面で武志が投じた、揺れて落ちる魔球。パスボール、そして逆転サヨナラ。この瞬間から、事件は始まった。大会後、捕手の北岡は愛犬と共に刺殺体となって発見される。さらに、武志までもが刺殺体となって発見された。しかも、右腕を切断されて…。

 作中で描写される武志の人物像から、誰もが嫌な印象を受けるだろう。根暗。傲慢。金銭への執着。野球の才能以外に、誉めるべきことが浮かばない。チームメイトからも疎んじられる、孤独な天才。武志は弟の勇樹と共に、貧しい母子家庭で育った。それを考慮しても、武志の屈折ぶりは尋常ではない。

 もう一つ注目されるのは、武志に魔球を伝授した芦原と、その辛い過去である。彼から野球を奪ったのみならず、ささやかな喜びさえも奪った大企業の理不尽さには、読んでいてへどが出る。そんな芦原さえも、目的のためには利用することを厭わない武志。

 魔球。北岡と愛犬の刺殺。武志の右腕の切断。すべてが一本の糸となり、武志の目的に繋がっていく。武志が本当は優しい少年であることが、最後に明らかになる。

 『放課後』ほどではないにしろ、終始淡々としている点が惜しい。東野さんは過剰な演出を施さない作家ではあるのだが、もっと読者に訴えても良かったのでは。



東野圭吾著作リストに戻る