東野圭吾 10


眠りの森


2000/05/11

 『卒業―雪月花殺人ゲーム』に続いて、加賀恭一郎再登場である。卒業して中学教師になったはず…の加賀恭一郎だが、本作では刑事として登場する。

 本作はミステリーには違いないが、僕は恋愛小説として読んでしまった。恋愛小説は大の苦手な僕なのだが、不覚にもすっかり引き込まれてしまった。ついでに言うなら、本作の題材であるバレエにはまったくもって疎い。しかし、ダンサーたちが日々レッスンに打ち込む姿、晴れ舞台に臨む姿がリアルに実感できた。一般に馴染みの薄い分野を積極的に取り上げ、さらりと読ませるところはさすが東野さんである。

 高柳バレエ団の事務所に侵入し、死んでしまったある男。死なせてしまった団員は正当防衛を主張するが…。そしてさらなる事件が。

 事件を追う加賀刑事は、美しきダンサー浅岡未緒に出会い、心惹かれていく。未緒との触れ合いを通じて、加賀刑事は事件の真相に肉薄する。男女関係のもつれやプリマの座を巡る争いなど、様々な愛憎劇が絡んでややドロドロした展開になるが、やはり僕としては加賀刑事と未緒のラブロマンスを最大の見所に挙げたい。公私混同じゃないかという気がしないでもないが、ここは一つ目をつむろう。

 最も印象に残ったのは、未緒の部屋での加賀刑事と未緒との会話である。自分が担当した事件や、同僚のエピソード、そして中学教師を辞めて警察官になった理由を少しだけ語る加賀刑事。聞き役に回っていた未緒が、最後に言った「ありがとう」という言葉。「ありがとう」という言葉がこれほど効いているシーンを、僕は他に知らない。ラストに至ると、読者は「ありがとう」に込められた深い意味を知り、さらに打ちのめされる。

 加賀刑事と未緒のその後を気にしている東野ファンは多いだろう。東野さんは書く気はないのだろうか。二人の未来に幸あらんことを、祈らずにはいられない。 



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