東野圭吾 36 | ||
悪意 |
僕が勝手に命名した「加賀恭一郎三部作」のとりを飾る作品である。同時に、東野作品のベスト3に入る傑作だと思っている。
人気作家の日高邦彦が、カナダへと旅立つ前夜に殴殺される。第一発見者は、その妻と古くからの友人。ところが、三分の一程度読み進んだところで、犯人はあっさりと逮捕されてしまう。しかし、ここから真の物語は始まる。その後は、すべて殺害動機の追及に費やされるのだ。
この「動機」が、本作の大きなテーマだ。ここまで動機こだわり、物語のメインに据えた作品は他に見当たらない。黙して語らぬ犯人。殺害動機は、一体何なのか?
何を書いてもネタばれになりそうなのだが、一つポイントとして挙げておきたいのは、事件の背景と加賀刑事の中学教師時代のエピソードが密接に関わっていることだ。『眠りの森』で、教師の職を辞した理由を言葉少なに語った加賀刑事。本作では、その詳細が明らかになる。加賀刑事は自身の苦い経験を踏まえ、犯人の戦慄すべき「悪意」をあぶり出す。
冷酷なまでにじわじわと「悪意」を解明していく過程は、読んでいて息苦しくなるほどぞくぞくさせられた。ラストに向かうにつれて、加賀刑事同様に強烈な喉の渇きに襲われた。東野さんの筆致は感情を昂ぶらせることなく、あくまでクール。加賀刑事の口調は淡々としすぎて、まるで原稿の棒読みだ。それなのに、この緊張感。
何が加賀刑事をそこまで駆り立てるのか。加賀刑事は、犯人を追い詰めると同時に、自己をも追い詰めようとしているのではないか。自らに鞭をくれようとしているのではないか。僕にはそのように思われてならない。
本作は、残念ながら東野作品の中では地味な存在のようだが、もっと多くの方に読んでほしい。できれば三部作セットで。もっと評価されて然るべき傑作だ。