東野圭吾 42 | ||
嘘をもうひとつだけ |
タイトル中の「嘘」という字は、実は正確な表記ではない。漢和辞典を引いてみたところ、「嘘」は慣用字体である。タイトルだけではなく、本文中の「嘘」という字はすべて正字体で表記されている(JavaScriptで別ウィンドウが開きます。15秒後に閉じます)。このことに何か深い意味があるのかはわからないが…。
余談はともかくとして、「嘘」が本作に収録された5編の短編のキーワードだ。その場しのぎの嘘をついた経験は、誰にでもあるだろう。本作の犯人たちも、疑いを逸らすために急ごしらえの「嘘」をつく。すると矛盾が生じる。矛盾を取り繕うために、さらに「嘘」をつく。「嘘」に「嘘」を重ねるうちにがんじがらめになり、追い詰められていく。本作には、そんな犯人たちの悲哀が描かれている。
事件を追うのは、東野ファンにはお馴染みの警視庁練馬警察署の加賀恭一郎刑事である。犯人の「嘘」が招いた矛盾を指摘する加賀刑事の口調は、一見冷酷なまでに淡々としているようだが、犯人たちへの憐憫が滲んでもいる。指摘することの辛さを隠そうとはしない。しかし、そんな加賀刑事もまた「嘘」をつく。刑事である以上、汚れ役に徹することが要求されるのだから。
本作で扱われている事件は、特に目新しいものではない。誰にでも起こり得るかもしれない。だからこそ、切ないまでに読者の胸を打つ。「冷たい灼熱」など、一時期大いに紙面を賑わせたではないか。
5編とも甲乙付けがたい好編だが、『眠りの森』以来のバレエ団を舞台にした表題作「嘘をもうひとつだけ」が注目される。バレエに精通した加賀刑事ならではの推理は必見だ。『眠りの森』と直接関係はないが、読了してから読むとより堪能できると思う。
そろそろ加賀恭一郎シリーズの長編を読みたくなってきた…。