東野圭吾 52


幻夜


2004/02/01

 ネタには触れないつもりだが、本作および『白夜行』を未読で、これから読む予定がある方は、以下の文章に目を通さないことをお薦めしたい。

 傑作『白夜行』から4年半。ついに待望の刊行となった本作『幻夜』だが、一つ言っておきたい。『白夜行』と比較してしまうのはフェアではないだろう。両者には何の接点もないし、アプローチがまったく異なる作品だからである。

 徹底した情報の隠蔽によって逆に深みを出すことに成功した『白夜行』に対し、本作は過剰なまでに情報が提供される。読者には「彼女」の暗躍ぶりが最初からわかっている。掌で踊らされていた登場人物たちが、いかにして真相に肉薄するかが焦点である。

 また、『白夜行』は「彼ら」の少年時代から始まり、長きにわたって物語が展開するが、本作の経過時間は1995年から2000年を迎えるまでの約5年間。この間に、阪神淡路大震災が、オウム事件が発生した。物語は、あの悪夢の大災害から始まる。

 大変不謹慎だが、「彼女」にとって大震災はチャンス到来だった。何らかの目的に向かい、序盤から「彼女」はまっしぐらに突き進む。邪魔者は徹底して排除する。利用できるものは利用する。他人が不幸に陥ろうと、すべては些細なこと。「彼女」のエネルギーが、凄みが本作の根幹であり、あるいはすべてといってもいい。

 『白夜行』に描かれたような共生関係とは違い、本作では「彼女」が一方的に利用する立場にあるのが明白だ。「彼」はピエロの一人でしかない。あの瞬間から、「彼」の運命は決まってしまったのだ。選択肢はなくなってしまったのだ。

 「彼」を始めとしたあまりにも見事な利用されっぷりに、正直読んでいて滑稽な印象が拭えない。それでも『白夜行』との共通点が一つある。作中の人物同様に、読者にも「彼女」の内面は決してうかがい知れない。「彼女」が成功の階段を駆け上がるほど、そのヴェールは厚くなっていく。外見の華やかさは、やはり虚飾でしかないのだ。

 この結末さえも、「彼女」の計算のうちだったのだろうか。最後の一言に、「彼女」の内面がわずかながら透けている気がした。



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