東野圭吾 60


使命と魂のリミット


2006/12/11

 『赤い指』も年末ランキング上位に食い込み、好調を維持する東野圭吾さんから最新作が届けられた。今回挑んだテーマは医学。シンプルなタイトルが多い東野さんにしては長いというか、垢抜けないタイトルだなあというのが第一印象だった。

 帝都大学医学部病院に研修医として勤務する氷室夕紀は、心臓血管外科医を志していた。だが、それは現在指導を受けている西園教授に近づくためだった。拭い去れない疑念。夕紀の父、母、西園の間には、夕紀も知らない因縁があったのだった…。

 西園の台詞を引用すれば、「絶対に大丈夫な手術など、この世にはありません」という。もちろんすべての医師は全力を尽くすだろう。それでも助けられなかった命もあるだろう。遺族の心は簡単には割り切れない。インフォームド・コンセントがどうしたというのだ。医師の技量不足を疑い、訴訟に発展するケースは後を絶たない。

 東野さんが、極端にノンフィクションに傾倒した作品を書く作家ではないことはわかっていた。もちろん医学用語は出てくるものの、どちらかといえば「工学」の要素が強い。それというのも、夕紀の思惑とは直接関係ないある計画が、同時進行するからである。

 その計画についてはもちろん触れないが、医学とは別の記憶に新しい社会問題が背景にある。現代医療の弱点を突いた計画の発想は、工学部出身者ならでは。大病院の命綱とも言うべき場所が無防備すぎることなど、突っ込みたい点はあるが…。

 西園と夕紀が危険度が高い手術に挑むクライマックスの、息苦しいまでの緊張感。「リミット」が迫る中での捜査陣と犯人との駆け引き。長すぎも短すぎもしない、適度なスピード感を維持する辺りは、さすがに手練れの作品と言える。十分に面白かった。

 ただ、心と心のぶつかり合いを描いている割にはあまり胸に迫ってこなかったのも事実だ。こういう作品が予定調和になりがちなのはしかたないとしても、年末3大ランキング+直木賞の四冠まで達成した作家の作品としては、標準的に感じたのかもしれない。

 自分の使命って何だろう。今の仕事をしていて常に付きまとう。



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