東野圭吾 59


赤い指


2006/07/27

 『容疑者Xの献身』から約1年。エッセイ集を2冊挟んだが、東野圭吾さんの実質的な新刊である。『嘘をもうひとつだけ』以来、久しぶりの加賀恭一郎登場という点でも大いに期待していたが、近年社会問題化しているテーマを、稀代の手練れはいかに描くのか。

 ある家庭に降りかかった事件。妻からの電話で夫が帰宅すると、庭には幼女の遺体が放置されていた。中学三年の息子が首を絞めたという。妻の懇願に、夫は息子の犯罪を隠蔽することを決意する。しかし、現場は加賀恭一郎が所属する練馬署の管轄だった。

 身内が起こした殺人事件に直面する作品としては『手紙』があるが、主として兄弟の物語だった。今回は一家の物語である。なおかつ、構造はよりシンプル。長くしようと思えば思えばいくらでも長くなるテーマを、コンパクトかつ濃密にまとめる手腕はさすが。

 現実社会でも枚挙にいとまがない、凶悪犯罪の低年齢化。身内から殺人者を出した家族は一生涯十字架を背負う。だが、こういう局面に陥ってこそ、人間としての器が試されるのかもしれない。夫のアイデアは、ある意味で『容疑者Xの献身』における石神以上に悪魔的と言える。彼は社会的信用以上に大切なものを失ってしまった。

 それでも、加賀刑事が担当者だったことは救いだった。「家庭」と呼ぶにはあまりにも薄ら寒い家族の営み。払った代償は大きいが、奈落の底まで転落せずに済んだのだから。作中には描かれていない、妻と息子が「真実」を知ったときの反応が気になる。

 本作は、加賀刑事自身の家族の物語という一面も持つ。今回の事件でコンビを組んだ本庁捜査一課の松宮脩平は、加賀恭一郎と浅からぬ因縁で結ばれていた。松宮が加賀に対して抱いていた疑念は、最後に氷解する。過去の作品でも仄めかされた加賀家の事情が、初めて明らかになる。加賀シリーズのファンなら見逃せない。

 本作は構想6年を経ての書き下ろしだという。繰り返しになるが、ここまで内容を絞り込めるのはさすがだと思う。絞り込んだからこそ、最後の「真実」が胸に迫ってくるのだ。それにしても、もう直木賞の選考委員諸氏にごちゃごちゃ言われることはないと思うと、実に幸せだ。ああ、素直に東野作品を堪能できる、この喜びよ。



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