東野圭吾 76


歪笑小説


2012/01/23

 東野圭吾さんの新刊は、お笑いシリーズ第4弾にして、嬉しい文庫オリジナルである。前作『黒笑小説』に、業界ネタ作品が4編収録されていたが、本作は全12編が小説業界ネタで占められている。うーむ、すっかり真面目な本になってしまったな。

 最初に登場する、灸英社の伝説の編集者、獅子取がすごい。どうして彼が伝説の編集者と呼ばれるか? 人気作家の原稿を取るためなら何でもする。実際、出版各社の編集者は一握りの人気作家の下へ日参しているのだろう。編集者というより営業の鏡のような獅子取だが、編集者としての眼力も確かであることが後でわかる。

 誇張気味とはいえ、編集者という仕事の過酷さが伝わってくる。「小説誌」の編集者が、中学生にぶちまけた本音。赤字は百も承知。文学賞が乱立する中での「文学賞創設」。一般に知られているのは芥川賞・直木賞くらい。後発の賞に意義はあるか? 売るためには「戦略」も必要だし、作家の側の柔軟性も求められる。

 東野さんご自身、何度も文学賞の候補となっては落とされ、ブレイクするまでが長かったので、作中の一皮むけない作家たちに自らを重ね、情が入っているのではないか。映像化の打診に小躍りするも原作からかけ離れていたり、勝負をかけた自信作が相手にされなかったり…。デビュー作は賞の看板で読んでもらえても、次作ではがくっと落ちる。

 ここに描かれているのは、多くの作家の現実だろう。ベストセラー作家など一握り。僕が愛読している作家にも、兼業作家もいるし、どうやって生計を立てているのか心配な作家もいる。作家はなるより続ける方が難しい職業だ。デビュー作1作だけで消えていった作家は少なくない。それだけに、最後の「職業、小説家」にはほろっとしてしまった。

 僕が本作に感じるのは、業界への揶揄ではなく、愛情である。作家だけでは本はできない。編集者など多くの人の支えがあって、初めて形になる。電子書籍化が進めば編集者は不要と言う人がいるが、プロの目を通さないものが商品として通用するのか?

 サラリーマンの一読者にできることは、本を買って読むことだけだ。



東野圭吾著作リストに戻る