五十嵐貴久 01


リカ


2008/07/13

 第2作『交渉人』に続き、第2回ホラーサスペンス大賞を受賞したデビュー作『リカ』を読んでみたわけである。エグい描写もあるものの、全体的な印象は滑稽だ。

 『危険な情事』(1987、原題は"Fatal Attraction")という映画をご存じだろうか。妻子ある有能な弁護士が、出来心で情事を楽しむ。それっきりのつもりが、相手の女性につきまとわれるようになり…というありがちな内容だが、次第にエスカレートしていく嫌がらせと、グレン・クローズの鬼気迫る演技に、げんなりさせられたことを覚えている。

 妻子ある42歳の平凡な会社員、本間は、出来心で「出会い系」サイトに登録し、「リカ」と名乗る女性と知り合う。しかし、「リカ」は怪物≠セった。次第にエスカレートしていくストーキングの手段。設定だけなら日本版『危険な情事』と言えなくもない。

 『危険な情事』もそうだったが、自業自得という面が強く、本間に同情はできない。本間が追い詰められるほどおかしさが込み上げるんだよなあ。本間は「リカ」と情事には及んでいないが、会社のPCで「出会い系」に接続したり、携帯電話の番号を教えたり、不用意にも程がある。結局探偵の友人に泣きつく。それで家族を愛しているだと?

 「リカ」が初めて姿を現すシーンで感じたのは、こういう演出は映像の方が圧倒的に有利だということである。実際に見たらきっと怖いんだろう。泥のような顔色。闇のような瞳。強烈な体臭。文章で表現するならもっと酷い描写でいい。ホラーなんでしょ。

 この先「リカ」はどんな手段で本間をストーキングするのか。これが現実なら確かに常軌を逸しているが、小説中の演出としては割とオーソドックスなような。随所に悪趣味さは光っているのに、もっと暴走しないと『危険な情事』のインパクトに及ばない。

 ホラーらしさを感じさせるのは「リカ」の不死身ぶりくらいで、敢えてジャンル分けするならばサイコサスペンスか。単行本ではカットされていたエピローグで、「リカ」の目的が明らかになる。あれは「実験」だったのか。後味はずっと悪くなったが、やっぱり滑稽だ。

 ホラーサスペンス大賞は第6回で打ち切られたが、五十嵐さんが書いたホラーらしき作品は本作だけ。ホラーだけの作家になる気は最初からなかったのだろう。



五十嵐貴久著作リストに戻る