五十嵐貴久 10


交渉人 遠野麻衣子・最後の事件


2008/08/30

 文庫化に当たり、『交渉人・爆弾魔』と改題された、『交渉人』の続編である。個人的に、前作は途中で息切れした感が強く、あまり高く買っていなかったが、本作は最後の瞬間まで緊迫感が途切れることはないだろう。

 10年前、2000人の死者を出した宇宙心理の会地下鉄爆破テロ事件。首謀者・御厨徹の二審判決を目前にして、麻衣子の携帯に御厨の釈放を要求する電話がかかってきた。麻衣子に警視庁と交渉せよという。そして麻衣子の目の前で、交番が爆破された…。

 犯人自ら麻衣子を指名したという事情から、特別捜査本部に組み込まれ、特殊捜査班の島本とともに、メールで交渉に当たる麻衣子。パニックを恐れた上層部は、極秘裏に捜査を進めるため、苦しい理由で現場の捜査員に総動員をかける。

 麻衣子の立場に触れておこう。前作の事件後、本庁の広報課に異動した麻衣子だったが、彼女を快く思っていない者は多かった。実際、長谷川本部長ら捜査本部のトップは、侮蔑の態度を隠さない。もっとも、それで凹むような麻衣子ではないが。

 ネットを通じて爆発的に情報が拡散する現在だけに、パニック描写は絵空事とは思えない。9.11同時多発テロの衝撃的な映像は、多くの視聴者には他人事だっただろう。本作のモチーフと思われる地下鉄サリン事件も、忘れはしなくても当事者以外には遠い記憶になりつつあるだろう。そのような油断した状況下、大東京でパニックが起きたら…。

 今回も麻衣子の見せ場が少ないなあと思いながら読んでいたが、とんだ早とちりだった。麻衣子がいなければ、大惨事は回避できなかった。「交渉人」というより、プロファイラーとしての頭脳が光る。それも交渉人の資質の一部なのか。

 それにしても、読み終えてみれば真犯人はかなりヒントをばら撒いていたわけである。お遊びが過ぎるほどに。それを理解できたのは麻衣子だけだったが。いざとなれば、正規の手続きを踏まない捜査も辞さない決断力。状況証拠しかない中、一か八かの賭けに出られる大胆さ。保身など考えない。麻衣子はプロとして教えを忠実に守ったのだ。

 警察はこれほどの人材を失ってはならない。というわけで、シリーズ第3弾の『交渉人・籠城』が刊行されており、麻衣子の活躍は続きそうだ。



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