飯嶋和一 01


汝ふたたび故郷へ帰れず


2003/1/29

 10年以上のキャリアで単行本はわずかに4作。『始祖鳥記』でその名を知らしめた、希代の寡作家飯嶋和一のデビュー作品である。初版は河出書房新社より刊行されたが、『始祖鳥記』のヒットを受けてか、小学館からリバイバル版が刊行された。

 簡単に言えば、挫折したボクサーの再起の物語だ。タイトルだけ読めばボクシングがテーマとは想像もつかないが、この厳ついタイトルにはもちろん意味がある。

 屋久島と奄美大島の中間に位置し、七つの有人島と五つの無人島からなるトカラ列島。正式には鹿児島県鹿児島郡十島村。船便以外に交通手段がないこの村の役場は、鹿児島市に置かれている。その最南端の有人島、宝島が主人公新田の故郷だ。

 故郷は遠きにありて思うもの。この言葉は離島にこそ相応しいと思う。一度はボクシングを捨てた彼が、宝島へ、容易にたどり着けない故郷へと足を向けたのは単なる気まぐれか。なくしてしまった何かを見つけるためか。いずれにせよ、汝ふたたび故郷へ帰れず。亡き男との約束を果たすまでは。

 もちろんボクシング小説であるから、トレーニングや試合などの描写のリアルさは素晴らしい。それでも僕は、宝島という故郷が本作に占めるものは大きいと思う。彼の故郷が宝島であることに、再起の舞台であることに、不思議と必然性を感じるのはなぜか。

 宝島と同じくらい大きな存在として、「修理工」を名乗る男には是非触れておきたい。ほんのわずかしか登場しない謎の男が、忘れがたい印象を残す。「前にも言ったろう。俺はただの修理工」の台詞の渋さ、く〜、どうですか。

 ただひたすらにストレートな物語。再びリングへ向かう新田のごとく、迷いはない。その姿に悲壮感はなく、清々しい。ミステリーばかり読んでいる僕だが、こういうひねりのない話もたまにはいい。リバイバル版に追加収録された短編二編ももちろん見逃せない。



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