飯嶋和一 05


黄金旅風


2004/03/27

 僕の読書歴を振り返ると、宮部みゆきさんを除く時代物作品はただ一作しかない。寡作家飯嶋和一さんの『始祖鳥記』のみである。もっとも、『このミス』など各種媒体での紹介を目にしなければ、手に取ることはなかったに違いない。

 その飯嶋和一さんの4年ぶりの新刊を、たまたま書店で発見した。今回も時代物らしい。ちょっと長いが、二作目の宮部作品外の時代物を手に取ることにした。

 鎖国令が敷かれる前、南蛮貿易で栄華を誇った長崎。だが、その陰で庶民は権力者の欲望と弾圧に翻弄されていた。そんな長崎に生を受けた二人の男。希代の大馬鹿者と並び称された二人は、やがて巨大な権力に立ち向かう。長崎の人々のために。

 かつては支配層も含めて天主教(キリスト教)の影響下にあった長崎。だが、切支丹禁令が出されるや支配層は掌を返して弾圧する側に回る。一方で、南蛮貿易の莫大な権益を享受する。現代物を読んでいるかのような抜群のリアリティは、さすが飯嶋和一。

 だが、緻密な時代背景はあくまで二人の男を描き出すための舞台。物語には一切触れない方がいいだろう。終始一貫しているのは、二人の男が市井の人の側に立っていること。名誉や金銭はどうでもいい。望むのはただ、長崎の人々の幸せ。

 と書くと、二人は単純に情で動く男と思われるかもしれない。もちろん情には厚いが、一方で機が熟すのを待つ冷静さを持ち合わせている。相手はあまりにも手強い。いくら不満を訴えられようと、一時の感情で動いてはならない。確実に息の根を止めるため、慎重に慎重を期す。じれったいほどの駆け引きにぐいぐい惹き込まれていく。

 序盤こそ剣の力に訴える場面があるものの、無血の戦いこそ本作の読みどころだ。かつての悪童が、海で培われた知恵と勇気と忍耐で権力に立ち向かう。生まれついての無信心。だが、彼らこそ海の神に愛でられし者なのだ。

 本作は『始祖鳥記』を大きく上回る傑作である。それ以上言うことはない。現時点では今年読んだ作品のベスト1だ。これを上回る作品に、今年出会えるだろうか。



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