稲見一良 04


セント・メリーのリボン


2001/03/15

 本作に収録された5編に共通したテーマは、「男の贈り物」である。表題作であり、作中最も長い「セント・メリーのリボン」を推す声が多いようだが、他の収録作も負けてはいない。僕はむしろ他の作品を推したい。

 まず、最初の掌編「焚火」がいきなり強烈な印象を残す。詮索は無用。極限まで肉を削ぎ落とした、骨太な一編だ。

 「花見川の要塞」は、個人的に本作の一押し。戦時中に築かれ、ひっそりと残されたトーチカと、軍用鉄道の跡。そこでカメラマンの男が体験した、一夏の出来事とは。第二次大戦という重いテーマが、こんなに色鮮やかな幻想譚になるのか。

 続く「麦畑のミッション」も、同じく第二次大戦をテーマにしている。ハリウッド映画の名シーンにも劣らない、これまた鮮やかな一編だ。血気盛んな男たちの誇りと絆が、実に心地いい。こんなかっこいいお父さんに、なれたらなりたいもんだ。

 「終着駅」は、赤帽として謹厳実直に生きてきた男が、思い切った行動に出る話。後で調べてみて知ったのだが、東京駅では今なお赤帽は健在とのこと。赤レンガの駅舎ともども、末永く存続してほしいものである。

 ラストを飾る「セント・メリーのリボン」。行方不明となった猟犬探しを生業とする竜門卓のもとに、失踪した盲導犬を探してほしいという依頼が舞い込む。犬は依頼者の心の支えだったが、連れ去った側にも事情があった…。じーんとさせられるいい話なんだけど、いい話すぎて少々鼻につくのが玉に瑕。などと言う僕はへそ曲がりなのか。

 なお、稲見さんが亡くなって間もなく、「セント・メリーのリボン」に登場した竜門卓を主人公とする連作短編集、その名もずばり『猟犬探偵』が刊行されている。しかし、残念ながら本作ともども現在は絶版である。出版社には是非一考を願いたい。現代人の多くがとっくに失ってしまった何かが、ここにある。



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