井上夢人 06


もつれっぱなし


2001/03/22

 井上夢人さんという作家は、形式美にこだわりがあるのだろうか。本作は、6編すべてが一組の男女の台詞のみで構成されているという、異色の作品集である。後に刊行される『風が吹いたら桶屋がもうかる』にも通じる、この徹底ぶり。

 台詞だけの作品を書くとして、重要なポイントは何か。僕が思うに、それはテンポの良さではないだろうか。現実の会話は、相手にもよるが常に弾むもんじゃない。沈黙に支配されることもしばしば。本音を押し殺しもするだろう。しかし、そんな会話をそのまま活字にしたら、つまらないことこの上ない。

 これは漫才だと言い切ってしまおう(古いか?)。もちろん悪い意味ではない。漫才はボケとツッコミという形式美によって成り立つ、紛れもないプロの芸なのだから。最近のお笑い番組やトーク番組がちっとも面白いと思えない僕だが、その理由に思い当たった気がする。テンポが悪い。それに尽きる。なお、すべてとは言わない、念のため。  

 収録作のタイトルが、「……の証明」と統一されていることに注目したい。何を証明するのかといえば、宇宙人だったり、呪いだったり、幽霊だったりと、実にぶっ飛んでいる。しかし、訴える側は真剣そのもの。ここで相方が突き放してはいけない。どれだけ都合がいい証拠を並べられようと、どれだけこじつけだろうと、耳を傾ける。ツッコミがない漫才なんて、あまりにも寂しいじゃないか。

 『もつれっぱなし』というタイトルもうまい。二人の会話がまったくかみ合っていないようで、実はかみ合っている。最後までテンションを保ちつつ、しっかりオチも用意されている。これをプロの話芸と言わずして、何と言おうか。傑作は、最後の「嘘の証明」だろう。人によっては不快に感じるかもしれないオチだが、これには苦笑させられた。

 あっという間に読めてしまうが、文春文庫版の字が大きいせいだけでは、決してない。通勤通学のお供に、是非どうぞ。



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