井上夢人 12


あわせ鏡に飛び込んで


2008/10/19

 それにしても井上夢人さんの新刊が出ない。本作は、前作『the TEAM』からは2年9ヵ月ぶり、2000年以降ではやっと4作目となる新刊である。過去に発表された短編をまとめた、いわば寄せ集めの短編集であるが、とにかく新刊は新刊だ。

 一概にミステリーとは言えない、多様なジャンルの作品が集まっている点が興味深い。岡嶋二人時代の短編は、あくまでミステリーという土俵の上で勝負していた。全編にご本人によるコメントがついている。読み応えが十分であることは保証しよう。

 1発目からすごい、「あなたをはなさない」。あのCMは当時インパクトがあったよねえ。嗚呼壮絶な愛…でも笑うしかない。計画はすべて完璧だったはず、「ノックを待ちながら」。短編ならではのずるい終わり方。岡嶋二人時代には書けなかっただろう。

 作者当て3人競作のために書かれたという「サンセット通りの天使」。翻訳物調に書かれた、井上さんらしくない1編。しかしひねりはさすが。続く「空き部屋あります」はもっと井上さんらしくない。が、そういう依頼ですから。またまた計画はすべて完璧だったはず、「千載一遇」。パターンは「ノックを待ちながら」に似ている。この手は定番か。

 死ぬも地獄、生きるも地獄、本作の一押し「私は死なない」。まさに生き地獄…。得意の技術ネタ炸裂「ジェイとアイとJI」。何てすごいプログラミング能力だと思ったら…この結末。一部では幻と呼ばれていたらしい表題作「あわせ鏡に飛び込んで」。作品そのものより、KKベストセラーズの企画の方が幻だ。ゴーサインを出した人に拍手。

 携帯時代も留守番電話は健在だ、「さよならの転送」。どっちもどっちと言うべきか…呆れた。でも自分が同じ立場ならどうするか。ラストは、文字通り手紙だけで展開する「書かれなかった手紙」。その違いに、不注意な僕が気づくはずもなく…。やられました。

 巻末に掲載された大沢在昌さんとの対談は、なかなか新刊が出ないことへの言い訳か。奥付を見て笑った。『99人の最終電車』のDVD版は気長に待とう。



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