伊坂幸太郎 07


グラスホッパー


2004/08/10

 伊坂作品を伊坂作品たらしめているものは、第一に小気味よい台詞回しであり、第二に魅力的な登場人物だろう。真似るのは簡単なようで簡単ではない。直木賞候補にもなった前作『チルドレン』は、そんな伊坂作品の魅力を凝縮した作品だった。

 ところが、本作はどうだ。ここには軽妙さや温かさはない。渇いた、虚ろな空気が全編に漂っている。それもそのはず、簡単に言えば本作は殺し屋たちの物語なのだ。

 語り部を務めるのは、素人(?)一人と殺し屋二人。殺し屋の物語に素人が紛れ込んでいるのには理由がある。彼はある目的からやむを得ず悪徳業者に身を置いていたのだ。三人はそれぞれの思いを抱えて共通の人物を追う。

 殺し屋ではなく、名前も平凡な鈴木は、従来の伊坂作品の香りを感じさせる唯一の存在だ。悲壮な覚悟で乗り込んだはずが、哀しいまでに滑稽な役回りに徹する。そんな彼の姿はむしろ痛々しい。あまりにも重いものを、彼は背負っているのだから。

 一方の殺し屋二人。彼らの「プロ」としての仕事ぶりに、序盤から暗澹たる気分にさせられる。しかし、そこを読み進めると、やがて惹き付けられるだろう。殺せば殺すほど募る苛立ちに。空虚な内面に渦巻くどす黒い負のエネルギーに。

 三人が交錯する展開のスピード感も圧巻だが、内面描写の多さが本作の大きな特徴と言える。伊坂さんならではのユーモアが、本作では心の空虚さを際立たせている。そう、伊坂さんは特に新しい試みをしたわけではない。いつも通りの伊坂節でありながら、ここまで雰囲気の違う作品を作り上げてしまったのだ。

 救いのない物語だ。それでも僕は断言したい。本作は堪らなく魅力的な作品だと。伊坂作品の中で一二を争う傑作だと。

 ラストシーンにはぞくりとさせられた。



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