伊坂幸太郎 26


ガソリン生活


2013/03/11
2013/06/10訂正

 さっぱり内容が想像できないタイトル。読み始めてみれば…。何と、本作の語り部を務めるのは、車。物を擬人化するという手法はときどき見かけるが、車とは。

 望月家は、母・郁子、大学生の長男・良夫、長女・まどか、年の離れた10歳の次男・亨という4人家族。そんな一家の愛車・緑のデミオが本作の主人公である。彼(?)は人間の会話を理解できるが、人間と話すことはできない。しかし、車同士は話すことができる。

 特に、隣りの家の愛車である白のカローラGT、通称「ザッパ」との会話は、相変わらずテンポ良く、楽しい。車たちは初対面でも気さくに言葉を交わすので、その情報網は広大だ。しかし、哀しいかな、その情報を人間に伝える手段はない。ただ案ずるしかない。

 伊坂幸太郎さんが平凡な一家など描くわけがない。望月家の面々は善人の部類に入るだろう。良夫など名前そのままにお人よしだ。そして…揃いも揃って「飛んで火に入る夏の虫」という、伊坂作品恒例の困った人たちなんだよなあ。

 序盤から不穏な空気が漂い、緑のデミオは家族の危機を把握しているのだが、運転主のなすがままな彼は、もどかしくて仕方ない。車だって持ち主への親愛の情があるのだ。それなのに、わざわざトラブルに吸い寄せられ…。相手があまりにも悪い。

 万事休すというところで駆けつけたのは…わははははは、何だそりゃ。読み流した小ネタが一応伏線だったのね。さらに、ちょっと待てと突っ込みたくなる事実も明かされる。『陽気なギャング』シリーズを彷彿とさせるとだけ書いておこう。だがしかし…。

 この展開だと最後の章がおまけっぽくなってしまう。実際、前章以上のイベントがあるわけでもない。エピローグはしんみりさせられたけれど、全体的には訴える要素は少ないと言わざるを得ない。最も面白かったのがフランク・ザッパに関するあるエピソードとは…。

 10歳とは思えない亨君のキャラクターは、本作で終わらせるには惜しい。やさいトリオも相手が悪かったねえ。しばらく、こういうチャーミング路線で行くのだろうか。でもやっぱり、大作にはないこの適度な空気感を味わいたくて、また手に取るのだった。



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