海堂 尊 07

死因不明社会

Aiが拓く新しい医療

2008/05/30

 『チーム・バチスタの栄光』で描かれた連続術中死は、要するに解剖さえしていれば即座に露見したという話だ。しかし、現状の日本の医療体制では、いかに解剖が困難であるか。日本の解剖率は、全死者のわずか2%と、先進国中最低レベルにある。

 主に病院内で亡くなった患者を対象とする病理解剖は、遺族の承諾が必要である。臨床現場が解剖に消極的なのは、遺族を説得する精神的負担はもちろんだが、管轄する厚生労働省からの予算拠出が一切ないという経済的理由も大きい。

 司法解剖と病理解剖の中間的位置づけにある行政解剖は、犯罪関連死体と断定できない「異状死」が対象だが、管轄は各地方自治体であり、監察医制度のある5都市(東京23区、横浜、名古屋、大阪、神戸)以外では司法解剖のような法的強制力はない。

 その結果、例えば児童虐待が見逃されるかもしれない。両親が強く拒めば解剖は難しい。時津風部屋の力士暴行死事件は、遺族が解剖を依頼して初めて露見した。

 白鳥圭輔への架空のインタビューを交えながら、前半部ではいかに厚生労働省が国民のことを考えていないかが延々と述べられる。元東京都監察医務院長である上野正彦氏も、著書『死体は語る』の中で監察医制度を全国に広げる必要性を訴えていた。しかし、実現しないと海堂さんは断言する。このまま日本の医療は崩壊するしかないのか。

 そこでAi(Autopsy imaging)の出番となる。Aiとは、狭義には死体に対する画像診断である。生体に対する画像診断には長い実績がある。ならば死体にも行えばよい。目から鱗が落ちるとはこのこと。幸い、日本はCTやMRIなどのインフラの普及率は世界一である。

 Aiの詳細は本書を参照してほしい。一つだけ言っておきたいのは、Aiによって解剖が不要になるわけではないということである。Aiと解剖は互いに補完し合う関係にある。Aiで判断できなければ解剖するしかない。その場合でも、Aiによって解剖範囲を絞り込める。

 前半で日本の医療に絶望させられる。後半でAiという処方箋を示す。何とも憎い構成ではないか。Ai導入の動きはまだ始まったばかり。無知は罪なのだ。



海堂尊著作リストに戻る