海堂 尊 18


アリアドネの弾丸


2010/09/16

 ミステリー色が薄くなる一方だった田口・白鳥シリーズだが、第5作に至り、大きく揺り戻された。デビュー作『チーム・バチスタの栄光』以上のバリバリの本格と言っていい。

 東城大学医学部付属病院にエーアイセンターが設置されることになり、院長の高階はセンター長に田口を指名。このとき、エーアイ潰しの陰謀は既に動き出していた。敵の罠に落ち、収賄と殺人の容疑をかけられた高階院長。タイムリミットまでに高階の無実を証明できなければ、エーアイは、東城大は再起不能となる…。

 エーアイセンター運営連絡会議に送り込まれた、元警察庁刑事局局長の北山と、警察庁初動遊撃室警視の宇佐美が、序盤から不穏な空気を漂わせる。やむなくあの男やあの男にすがる田口。まあ田口の手には負えまい。敵は早々に仕掛けてきた。

 事件現場は最新鋭のMRI、コロンブスエッグ。白鳥は人脈をフル活用し、自らも頭脳をフル回転させ、完全無欠のトリックに挑む。やがて、その特殊環境から、事件の構図が浮かび上がってきた。田口には気の毒なほど見せ場がない。白鳥の指示に従うのみ。田口とて東城大への恩義が、医師としての矜持がある。できることをするしかない。

 どうですか、特殊環境ならではのトリックと、緻密なロジック。さすが現役医師。久々にトリックで唸らされた。本格としては大満足で読み終えたのだが…。

 一方、医学小説としてのリアリティには期待すべきではない。敵側の描いた筋書きは、強引を通り越して荒唐無稽。本気で裏工作するならもっとスマートにやるだろうよ。日本の司法はエーアイ潰しにここまでやるか? 巻き込まれた青年が気の毒すぎる…。

 現実社会では、エーアイを巡り、海堂尊さんと東大の深山教授との論争が訴訟に発展している。エーアイ推進派である海堂さんを応援したい気持ちはあるが、本作がエーアイ否定派への当てこすりのように感じられるのは、うがった見方なのだろうか。

 お約束の他の作品との繋がりは、海堂作品中最多。あの件がもう済んだことになっているのだが? また一波乱ありそうなことを匂わせる結末だなあ。シリーズ次回作では、本作では目立った動きを見せなかったあの連中が、暗躍するのか?



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