海堂 尊 19 | ||
モルフェウスの領域 |
今年4冊目の海堂尊さんの新刊は、『アリアドネの弾丸』以上にぶっ飛ばしていた。
桜宮市にある未来医学研究センターで、世界初の「コールドスリープ」技術により冬眠状態になった少年の目覚めが近づいていた。ある病に冒された彼は、特効薬の認可を待つため、5年間の〈凍眠〉を選択した。しかし、彼の目覚めに際し、色々と難題があった。
設定によると、少年が目覚めるのは2015年4月。ということは、2010年4月、今年に凍眠状態に入ったことになる。へえ、いつの間に。それに先立つこと1ヵ月前、『時限立法・人体特殊凍眠法』が成立。へえ、いつの間に。スピード成立を後押したのは、あの男。
あの男の正体には触れません。そして少年の正体は…帯には思い切り書いてあるが一応触れません。まさかあの後、さらに過酷な運命が待ち受けていようとは…。
現実問題、現在の技術で人工冬眠は可能なのだろうか? そのような技術が研究されているのを聞いたことはある。2006年には、神戸市の六甲山で滑落した男性が仮死状態で発見され、22℃という極度の低体温症から回復したという事例もある。
人工冬眠については百歩譲るとしよう。しかし、睡眠学習だの、リバース・ヒポカンパスだのに至ると、医学小説というよりSFの方向に行っているんですが、海堂先生…。こんな技術を持っているヒプノス社と、開発者の西野は恐ろしい。
SF的なガジェットにも目を瞑るとしてもだ。これまでの海堂作品は、読者に現代医療や医療行政の問題点を投げかけていた。本作は、読者に何も投げかけていない。まさか、人工冬眠の是非を問うているわけではあるまい? 現実の事例がないのだから。
官僚が〈凍眠〉技術を潰そうとする中、少年の生命維持を5年間担ってきた日比野涼子が選択した道とは。………。官僚を敵に仕立てるのは海堂作品のお約束だが、テーマ自体が現状では絵空事だけに、あまり感情移入できなかったのが正直なところ。あの疑惑について、何も触れられないまま終わったのは、新たな伏線なのかね。ふう…。