今野 敏 A-01 | ||
東京ベイエリア分署 |
今野敏さん自らライフワークと語る、安積班シリーズの第1作である。再開署後の臨海署も小規模だが、当時の臨海署の方がはるかに小規模だった。刑事は安積を入れて6人だけ。れっきとした警察署だが、通称「ベイエリア分署」と呼ばれている。
本作の初版刊行は1988年だが、古さはまったく感じない。僕が思うに、事件そのものより、組織の中のせめぎ合いという普遍的テーマに重点を置いているからだろう。ハルキ文庫版解説にある通り、『隠蔽捜査』シリーズに通じるものがある。
近隣署の応援にばかり駆り出され、手柄は持っていかれる小規模署の悲哀。メインの事件以外にも、安積班の6人は様々な事件に忙殺される。そんな扱いに、時には安積が激昂し抗議するのが興味深い。近年の作品からはクールな印象を受けていたのだが、この男が本来熱血漢であることを改めて思い起こしたのだった。
人間模様中心とはいえ、メインの事件の構図も考え抜かれている。品川駅に近いライブハウスで、女性毒殺事件が発生する。捜査本部が無差別殺人説に傾く中、安積たちはほぼ同時に荻窪署管内で発生した男性殺人事件との共通点に着目する。やると決めたら対立も辞さない。こんな現代だからこそ、その姿は眩しく映る。
警察の強引な捜査はしばしば問題視され、安積もそんな刑事をたしなめるが、ここぞというときには安積も職権の行使を迷わない。安積の刑事としての凄みを感じさせるシーンである。なぜ安積が班長として慕われるのか。その理由の一端が垣間見える。
刑事らしくない須田のひらめきと活躍が目立つ一方、安積の留守を預かる絵に描いたような刑事の村雨は見せ場が少なく、ちょっと気の毒ではある。だが、本作において見せ場が多いか少ないかなど大した意味はない。小規模署も大規模署も本庁も、それぞれが警察官として誇りを持ち、自らの役割を果たす点が心地よい。
連載中のシリーズ最新作では、実際の東京湾岸署の開署に合わせ、安積たちも新庁舎に移るという。まだまだ続くシリーズの原点が、本作である。