今野 敏 ST-03

ST 警視庁科学特捜班

黒いモスクワ

2009/01/25

 シリーズ第3作にして、STが海外へ。ロシア捜査当局との情報交換のため、赤城と百合根がモスクワに飛ぶ。予算の都合上、2人だけだったはずが…。

 本作の初版刊行は2000年12月。ロシアの大統領がエリツィン(作中ではエレツィンと表記されているが?)からプーチンに替わって間もない頃である。プーチン政権下でロシアは威信を取り戻したはずが、米国発金融危機に見舞われ…と情勢の変化は目まぐるしい。本作はエリツィン政権下の混乱が残っているロシアが舞台である。

 警視庁を受け入れる連邦保安局FSBは、かつてのKGBの流れを汲む。日本語が堪能なアレクは、担当していたロシア正教会でのマフィア怪死事件の捜査に赤城と百合根を参加させる。日本の警察を、警視庁を、STを試しているふしがある。

 それぞれ別件でモスクワを訪れていた黒崎・山吹の第一・第二化学担当。さらに、日本人フリーライターが変死するや、STの残る2人・青山と翠に菊川刑事までモスクワに送り込まれ、結局全員が揃うのはエンターテイメントのお約束というもの。

 事故で片付けたがっているFSBに対し、それぞれの能力で真相を明らかにするST。実験を要求するなどまるで『ガリレオ』のような展開だが…実は、2つの現象についてはたまたま知っていた。だからと言って、本作がつまらないということはない。

 寡黙な武術家黒崎が、大きな決断を下す? いつも百合根を「警部殿」と揶揄する菊川刑事の言葉。同時に派遣された血気盛んなSATが、STと対照的に生気を失っていく…(警視庁からクレームはなかったのか?)。メインの事件以外にも印象深いシーンは多い。空手道場を主宰し、ロシアにも指導に赴くという今野敏さんならではの作品だ。

 最後にアレクは言う。「ロシアも変わらなければなりません」と。それからロシアも、世界も変わったのだろう。今また、世界は変化を迫られている。ロシアも、日本も。



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