東野圭吾 38


探偵ガリレオ


2000/06/20

 東野さんのミステリーは、しばしば「理系」のミステリーと称される。それは本質ではないだろうとは思うのだが、僕自身が理系であることもあり、理系的な要素を積極的に取り入れているところは東野作品の大きな魅力だと思っている。本作は、中でも極めつけの「理系」ミステリーだろう。

 本作は、いわゆる物理トリックをメインに据えているのだが、文字通りの物理現象であるところが一味違う。探偵役を務めるのは、帝都大学理工学部助教授、湯川学である。少々嫌味なところがあるが憎めないこの物理学者が、摩訶不思議な事件の数々を科学的に解明していく。

 「燃える」における人体発火、「壊死(くさ)る」における心臓だけが腐った死体、「離脱(ぬけ)る」における幽体離脱(?)。これらの各編で描かれた物理現象は、僕が大学時代から馴染んできたものであり、また現在の仕事にも関わりが深い。読んでいて、ついついにやりとさせられた。

 中でも、「離脱る」は僕の専門分野に最も近いこともあるが、色々と考えさせられる一編だ。果たして幽体離脱の真相は? 怪奇現象を忌み嫌う、湯川。東野さんもまた、怪奇現象を信じないと公言している。ただし、湯川は科学至上主義者ではないし、東野さんも合理主義者ではないことは、誤解のないように。湯川も東野さんも、安易な捏造が許せないのだ。

 「爆(は)ぜる」は、『天空の蜂』と読み比べてみると背景がよくわかるだろう。こちらは、高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故の後という設定である。この事故の結果、我が国の原子力政策は転換を余儀なくされた。研究者もまた、然りである。

 「転写(うつ)る」だけはまったく馴染みがないのだが、このようにユニークな作品に仕上げる手腕はさすがである。湯川という男が、なかなかにユーモアに溢れた人物であることがおわかりいただけるだろう。

 なお、湯川学は続編『予知夢』で再登場を果たしている。



東野圭吾著作リストに戻る