今野 敏 ST-06

ST 警視庁科学特捜班

黄の調査ファイル

2009/03/21

 STメンバー5人にスポットを当てた「色」シリーズの第3弾。今回の主役は、STメンバーの中でも異彩を放つ、僧籍を持つ山吹。って、全員異彩を放っているか。

 密室状態のマンションの一室で、若い男女4人の死体が発見される。彼らは新興宗教団体の信者だった。現場には七輪があり、窓が目張りされていることから、集団自殺と片付けられかけたが…STは自殺にしては不自然な点があることを指摘する。

 「密室状態」とはいえ、別に密室殺人でも何でもない。死因は一酸化炭素中毒で、疑う余地はない。今回のメインテーマは、ずばり宗教論だ。『毒物殺人』でも山吹は自己啓発セミナーの宗教性を指摘したが、今回は曹洞宗の僧の立場から事件を読み解く。

 4人が所属していた「苦楽苑」のトップの阿久津昇観と、側近でNo.2の篠崎雄助は対立関係にあった。それぞれの証言が食い違っていることが事態を混迷させる。捜査すればするほど、「苦楽苑」内部の入り組んだ人間関係が浮かび上がる。現実社会で物議を醸した新興宗教団体と比較すれば、何とも小ぢんまりとした俗っぽい組織で、苦笑する。

 終盤、事件の関係者の1人が山吹の寺で修行したいと言い出す。そこになぜか百合根も付き合うことになり、どんどん警察小説らしくない展開になっていく。山吹が語る禅の心と作法は、宗教アレルギーの僕でも大変興味深い。経験してみたいようなしたくないような。ちなみに、僕は結跏趺坐ができない。って、何の本だったっけ?

 やがて山吹は自らの過去を明らかにする。いつも泰然自若とした山吹だが、その境地に達するまでの道のりは平坦ではなかったのである。それに比べて、阿久津も篠崎も甘い。誰よりも、彼は甘かった。最後はちょっと強引だったが、彼に救いはあるか。

 僕は自己啓発書の類が大嫌いで、今後とも手に取ることはないが、人並に不安はある。自己啓発書を読み漁る方々は、山吹の話に耳を傾けてみてはどうだろう。



今野敏著作リストに戻る