倉知 淳 07

まほろ市の殺人 春

無節操な死人

2005/11/07

 本作は、文庫書き下ろし競作「幻想都市の四季」の「春」編である。「夏」「秋」「冬」の各編は、それぞれ我孫子武丸、麻耶雄嵩、有栖川有栖の各氏が書き下ろしている。

 巻頭には、舞台となるD県真幌市の詳細な地図が掲載されているが、じっくり眺めたところで参考にはならない。他の各編ではどうなのかはわからないが。そもそも、倉知流本格の真髄は図に頼らない想像力、洞察力。『星降り山荘の殺人』はむしろ異例だろう。

 真幌の春の風物詩「浦戸颪」が吹き荒れた翌朝、美波はカノコから電話を受けた。人を殺したかもしれない…。七階の部屋を覗いていた男をモップでベランダから突き落としたのだという。ところが、地上には何の痕跡もないばかりか、男はそれ以前に殺され、バラバラ死体が真幌川に捨てられていたというのだ!

 殺され、バラバラになってまで一人暮らしの女性の部屋を覗こうとは、確かに「無節操な死人」である。警察にマークされる身となったカノコを案じ、真相の究明に乗り出す友人たち。お約束の展開ではあるが、若者らしい結束ぶりは眩しく映る。

 だがしかし…探偵役は彼らではなかった。しかも安楽椅子探偵だし。まあ、彼らが集めた材料を参考に推理したと考えれば、決して無駄足ではなかった…よね? 序盤の美波の怪奇体験はちゃんと伏線になっていて、説明もされている点はさすが。

 実際に「無節操な死人」を見かけたら、当分悪夢にうなされるに違いない。一方で、そのシーンを想像すると愉快で仕方がないのである。この発想力。400円文庫の手頃な長さで、しっかりと倉知流本格の自己主張をしているのだ。これが真相だとは一言も書かれていない。だが、それでいいのだ。十分すぎるほど元は取れたんだしね。

 猫丸先輩だったらどんな回答を聞かせてくれるだろう?



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