京極夏彦 05


絡新婦の理


2000/07/03

 シリーズ第5作。これまでの作品に登場した犯罪者は、どちらかと言うと衝動的に犯行に及ぶ傾向があった。いわば杜撰な犯行だったのだが、本作の真犯人「蜘蛛」は違う。張り巡らされた罠は、極めて精緻。誰一人、蜘蛛の「糸」からは逃れられない。誰一人、その周到極まりない計画を止めることはできない。

 冒頭で対峙する、黒衣の男と桜色の女。いきなり真犯人を指摘するシーンから始まり、僕は面食らってしまった。もちろん、この時点で真犯人の名前は明かされないが、ここまで書いてしまってどうするのか? しかし、心配はご無用。「蜘蛛」の正体は、最後まで見抜かれることはないだろう。

 木場修太郎は、「目潰し魔」を追っていた。捜査線上に木場の旧知の男が浮かび上がる。しかし、「目潰し魔」もまた蜘蛛の「糸」に絡め取られていた。やがて、事件の舞台は全寮制女学校聖ベルナール女学院へ、そして房総の旧家である織作家へ…。

 女系である織作家の複雑怪奇な人間関係は、金田一耕助シリーズも真っ青である。聖ベルナール女学院に通う碧を始め、良くも悪くも個性的な織作家の女性たちの中にあっては、真犯人でなくてもさぞかし居心地が悪いに違いない。そして蜘蛛は、「糸」を張り巡らせる。

 しかし、その「糸」には直接は無関係な人間まで絡め取られてしまった。京極堂じゃなくても、やりすぎだと思うだろう。屍の山を築いてまで獲得した居場所は、果たして居心地がいいのだろうか? 自らも「糸」に絡め取られていることを自覚していた京極堂だが、心中はさぞや無念だっただろう。

 完成度に圧倒された本作だが、一つだけ疑問が残る。京極堂曰く、『魍魎の匣』における連続バラバラ殺人事件が起きなければ、この事件は起きなかったのだそうだが…。この伏線はかなり無理があるような。蜘蛛の計算、恐るべし。

 とうとう、関口君はちょい役にまで落ちてしまったか…。 



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