京極夏彦 16


覘き小平次


2002/10/07

 遂に登場、『嗤う伊右衛門』の続編…って前作との繋がりは又市一味が暗躍していることくらい。京極流怪談第二弾といったところか。

 主人公…と言っていいのか悩む小平次という男。幽霊を演じさせたら天下一品と大評判の役者だという。だが、実は演技ではない。小平次とは幽霊を地でいく男。いつも納戸に閉じこもり、薄闇に溶け込むことを好む。だが、真の暗闇は怖い。だから、納戸の襖はわずかに開けている。一寸五分の隙間から世間を覗く。

 だから『覘き小平次』というわけだが…そりゃあなた、そんな奴がいたら嫌だってば。女房のお塚じゃなくても罵りたくもなるだろうが。そんなフリーの幽霊役者(?)小平次に、仕事の依頼が舞い込む。遠路奥州へ赴くが、そこには裏があった。

 が、奥州での一味の仕事はあっさりと終わってしまう。では、本作の読みどころは何か? うーむ、何だろう…。怖いかと問われればちっとも怖くはない。敢えて言うなら、小平次の打たれ強さか。はたまた、お塚との夫婦の営みに象徴される倒錯した作品世界か?

 『嗤う伊右衛門』の登場人物は芯が通っていた。悪役の喜兵衛にしても気骨ある男ではあった。一方で本作の登場人物は、小平次を始め骨の抜かれた軟体動物ばかり。そう、喩えるなら海を漂うクラゲ。目的もなく漂うクラゲ。それぞれの凄絶な過去がそうさせるのか。だが、小平次こそはクラゲの中のクラゲ。誰しもその境地には遠い。

 あるがまま――。生き馬の目を抜くような世の中、最も強いのは実は小平次なのかもしれぬ。暖簾に腕押し、糠に釘。生だの死だのを超越した存在なのだから。

 そんな小平次による、面白いだのつまらないだのを超越した一作。正直、評価に困る難物だが、一つだけわかったことがある。少なくとも僕はこの世に執着がある。未練がある。それを確認できただけでも読んだ意味があったかもしれない…かな?



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