道尾秀介 16


月と蟹


2010/09/22

 現在、道尾秀介さんは4回連続で直木賞候補に入っている。つまり、4回連続落選中でもある。『光媒の花』が第143回直木賞候補となった際、道尾さんは冗談か本気か5回連続候補入りを狙うと発言していた。幸か不幸か『光媒の花』は落選。

 そして届けられた新刊は、5回連続の候補入りは濃厚だ。道尾さんはNHK『トップランナー』に出演し、自分の作品で泣くと公言していた。さすがに鼻についたが、本作を読み終えて思った。そこまで言い切るほど自意識過剰でなければ、作家は務まらないのだと。

 やり場のない心を抱えた少年たちが始めた、ヤドカリを神様に見立てた儀式。ヤドカミ様に、お願いしてみようか。他愛のない遊びのはずだったのだが…。

 僕の小学生時代、家庭環境はこれほど複雑ではなかったが、秘密の場所を持つというある種後ろめたい喜びはよくわかる。僕も友人たちとの秘密の遊び場に通っていた。ヤドカリというモチーフも、僕には馴染みが深い。海辺まで自転車を飛ばせば、ヤドカリは豊富に見つかった。こんな酷い扱いはしなかったけれども…。

 楽しく遊んだ記憶ばかりではない小学生時代。家庭環境を考慮しても、彼らが内面に抱えた暗い欲望は、決して特別なものではない。慎一のような友情と嫉妬がないまぜになったような心理は、誰にでもあっただろう。あそこまでの行動力はなかったが。

「お前、あんまし腹ん中で、妙なもん育てんなよ」

 慎一の祖父である昭三の警告にぞくりとする。この言葉は、慎一だけに向けられたものなのか。すべての読者に向けられているのではないか。歪んだヤドカミ様信仰が、切迫した事態を招く終盤の緊迫感は、読んでいて押し潰されそうだ。

 近年の道尾作品の流れに従い、本作もミステリーとは言い難い作品である。だが、本作のジャンル分けに意味はない。これは誰にでも起こり得た、そしてこれから起こり得る物語なのだから。過去の候補作と比較しても、最も直木賞に近いと言えるだろう。



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