宮部みゆき 12


火車


2000/06/08

 宮部さんの長編作品ベスト1は何か? ありきたりな回答であることは百も承知だが、僕としては本作『火車』を挙げるしかない。数ある宮部作品においても、ミステリー全般においても、色々な意味で突出した存在である。

 本作は、休職中の刑事である本間俊介が、遠縁の男性の依頼を受け、失踪した彼の婚約者を探す物語である。彼女は、徹底的に自らの痕跡を消していた。なぜそうまでして、存在を消そうとするのか? その背後に隠された事情とは…。

 本作のキーワードは、「自己破産」である。思い切りネタばれだが、失踪した彼女はいわばカード社会の犠牲者である。現代社会において、カードを一枚も持っていないという方は皆無だろう。カードは確かに便利だ。必要不可欠と言ってもいい。しかし、無計画に使い続けると…無間地獄へ一直線である。

 カード破産に陥る人間を、誰もがだらしないと蔑むだろう。そして、自分には縁のない問題だと一笑に付するだろう。しかし、本作に登場する弁護士の言葉は、そんな甘い考えに冷や水を浴びせるに違いない。読み進むにつれて、彼女が送ってきた凄絶なまでの人生が、徐々に浮かび上がる。それでもあなたは、彼女を笑うことができるだろうか? 誰もが自己破産予備軍なのだ。

 様々な証言から浮かび上がる彼女の人物像には、薄ら寒さと同時に、喩えようもない悲哀をも覚える。実体をなかなか現さないだけに、よけいに彼女の悲痛な叫びが増幅される。ラストに至り、読者はただただ呆然と天を仰ぐしかない。いつまでもいつまでも、想像は尽きることがない。

 本作は直木賞にノミネートされたが、結局落選した。その後『理由』で受賞したのはご存知の通りだが、どうせ受賞するなら本作で受賞してほしかった。選考委員の見る目は、つくづく疑わしい。

 最後に。本間に彼女の捜索を依頼した栗坂和也は、父親の血をしっかりと受け継いでいるようだ。この男に、彼女の真実を知る資格はない。せいぜい自分の慧眼を過信しているがいい。



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