宮部みゆき 37


ブレイブ・ストーリー


2002/03/10

 読者が小説の世界に没入するためには、登場人物たちに感情を揺さぶられるかどうかが分れ目になる。主人公や味方には共感し、敵役には怒りや憎しみを抱く。この単純な構図に特化したのが、ファンタジーというジャンルではないかと僕は勝手に思っている。

 小学五年生の主人公三谷亘(わたる)の家庭に突然降りかかった大問題。僕は運命を変えてみせる――。彼は現世(うつしよ)から幻界(ビジョン)へと旅立った。

 本作は上下巻の大作だが、上巻の半分までが現世の物語、第一部に割かれている。もちろん幻界の存在が示唆されるものの、前置きが長すぎる気がしないでもない。本番は幻界で展開する第二部。それでも読み終えて強く思う。第一部あっての第二部であると。

 第二部だけでも十分に作品になっている。だが、僕のように『ハリーポッター』ブームに冷やかな目を向ける人間が、第二部だけを読んで感情移入できただろうか。亘が不器用な少年だけに、第一部が胸を打つ。第一部という背景があって第二部が盛り上がる。

 宮部さんのゲーム好きは有名な話で、第二部には数々の修羅場(?)をくぐり抜けてきた経験が随所に活かされている。趣味と実益を兼ねたとは正にこのこと。ゲームから離れて久しい僕でも、舞台設定といい魅力あるキャラクターといい、しっかりツボを押えているのがよくわかる。でも、そんなことは本質ではない。

 幻界は現世と表裏一体の世界。そこには国家があり、人々の営みがある。人のいるところ争いがあり、理不尽な問題がある。それは現世を取り巻く問題そのもの。そんな現状を前にして、亘は時に傷つき、怒る。一方で、素敵な仲間たちとの出会いがあり、喜びがある。できすぎだって? 当然だろう。それがファンタジーというもの。

 忘れちゃいけないのがライバルの存在。現世でも超優等生の嫌な奴だった彼が、幻界ではさらなる力を身につけて立ちはだかるのだ。多くの出会いに心が揺れる亘と、本来の目的に向かってまっしぐらのライバル。魔力が拙い亘と、自在に操るライバル。でも、亘にあってライバルに欠けていたものがあった。もちろんここには書けない。

 主人公が少年だからといって、本作は若い読者のためだけの作品ではない。亘の成長とともに、読者は自己のあらゆる感情に向き合うだろう。憎しみ、妬みといった嫌な感情にも。亘の冒険の旅は、読者が自分を見つめる旅。もう、悔しいくらいにうまい。

 『模倣犯』のように心臓を鷲づかみにされるような作品を書いたのも宮部みゆき、そして本作を書いたのもまた宮部みゆき。改めて感服した一作だ。



宮部みゆき著作リストに戻る