宮部みゆき 39

誰か

Somebody

2003/11/23

 宮部みゆきさんから、久しぶりに純粋な現代物長編が届けられた。

 現代物、時代物、超能力物、ファンタジーとそれぞれのジャンルで確固たる地位を築いてきた宮部さん。近年は壮大なテーマを持った作品が多い中、本作は改めて宮部みゆきの手腕を見せつける一作だ。大きなテーマに頼らず、語り口だけで読者の心を掴む。

 今多コンツェルン会長の運転手を務める梶田が、自転車に轢き逃げされて命を落とした。会長の娘婿である杉村は、遺された姉妹の相談相手に指名される。父の思い出を本に綴って犯人を見つけるきっかけにしたい妹の梨子と、出版に反対する姉の聡美。

 古風な言い方だが、世間的には「逆玉」に乗って経済的にも恵まれている杉村を、語り部に据えていることがポイントだ。明確な探偵役を配したシリーズ作品を除けば、主人公が何らかのトラブルや不幸に見舞われ奔走するのがミステリーの常道なのだから。

 幸せいっぱいの杉村が、不慮の死を遂げた梶田と、父の死に直面した姉妹の人生をあぶり出す。もちろん杉村は善人の部類に入るだろうし、この展開は調査する過程での成り行きではあるだろう。それでも僕は強く思う。幸せな人間が不幸な人間を暴くという構図に、本作の本質がある。意地悪い見方なのは承知の上。

 杉村が間違っているとは思わないが、では梶田は、梶田姉妹は間違っているのだろうか? 一見語り口がソフトだからこそ際立つ、両者の対照性。光と影。善と悪の構図を明確にしていた『模倣犯』はむしろ異例であり、絶対的な価値観がない点こそ宮部作品が多くの読者に訴える理由ではないだろうか。

 ある意味で、宮部みゆきほど温かさと縁遠い作家はいない。杉村の娘のお受験の話題をさりげなく盛り込む辺りには、悪意さえ感じる。そして至るこの結末…。梶田姉妹の叫びは、したり顔の宮部さんの快哉の叫び。ええ、やられましたとも。

 と、誤解を招くような表現をしてしまったが、基本は安心して楽しめる作品なのでご心配なく。これぞ宮部ブランドの王道作品だ。



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