宮部みゆき 44


名もなき毒


2006/09/04

 宮部みゆきさんから、久しぶりに純粋な現代物長編が届けられた。

 と、『誰か』が刊行されたときに書いたが、本作はそれ以来の現代物長編であり、今多コンツェルン会長の娘婿の杉村が再登場する。『誰か』を未読でも特に支障はないが、読んでおいた方が杉村一家の立場が理解しやすいだろう。

 世間的には「逆玉」に乗って経済的にも恵まれている杉村だが、それ故の気苦労も多い。今多家や実家との関係。羨望とも揶揄ともつかぬ社内の目。それでも恵まれている点に変わりはない。妻の菜穂子との結婚を、義父である会長が許した理由を淡々と分析する杉村。だから、何が何でも妻を、娘を、この家を守らねばならない。

 前作では、会長の依頼である姉妹に関わることになった杉村。事件そのものは杉村家に何の関わりもなく、そのことが杉村家と姉妹の対照性を際立たせていた。本作では、前作同様第三者として関わる事件と、杉村家に直接降りかかる事件の二本立てである。

 杉村の勤務する社内報の編集部で、新たに雇った女性アシスタントはトラブルばかり起こしていた。こういう環境に転嫁するタイプは実際にいそうで苦笑する。やがて、彼女の杉村への逆恨みはエスカレートし…。一方、彼女の身上調査をする過程で、連続毒殺事件に関わることになる。この程度の偶然の成り行きには、目を瞑るとしよう。だがしかし。

 杉村もフリーライターの彼も、依頼されたわけでもないのに深入りしすぎという感が拭えない。女子高生美知香からの依頼が発端と言えなくもないが、探偵どころか警察紛いのことにまで手を染めるのはやりすぎというもの。一方、平穏なはずの杉村家に降りかかる事件。最後の展開は容易に読めた。果たして二つの事件を描く必要があったのか。

 そして何より気になるのはテーマの弱さ。人間誰しも「毒」を抱えているし、いつどこで「毒」に遭遇するかわからない。そんなことは日常を生きていれば言われるまでもない。近年の宮部作品の中でも、ここまで心に何も響かないのは珍しい。

 宮部ブランドを信頼しているからこそ、辛辣にならざるを得ない作品だ。



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