森 博嗣 07

幻惑の死と使途

ILLUSION ACTS LIKE MAGIC

2000/12/12

 本作『幻惑の死と使途』と、次作の『夏のレプリカ』は同時期に起きた事件として描かれている。初版は別々に刊行されたが、文庫版は同時に刊行されている。物語としては独立しているので、特に気にすることはないだろう。

 本作は、個人的に「犀川&萌絵」シリーズのベスト1だと思っている。奇跡の脱出を得意とする、天才奇術師有里匠幻。衆人環視の脱出ショーの最中に、彼は刺殺された。さらに、彼の遺体は葬儀中に霊柩車から消失した。これは匠幻最後の脱出なのか? 例によって事件に深入りする萌絵と、駆り出される犀川。

 ちょっと違うかもしれないが、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」という三国志の有名な故事を思い出した。策士は死してなお策士で、マジシャンは死してなおマジシャンだった。仕掛けは至って単純。単純だからこそ、本作には素直に平伏しよう。言うまでもなく、僕は今回も騙されたのだから。

 マジックのタネも、本格ミステリィのトリックも、知ってしまえばなあんだと思う場合がほとんどだろう。マジックの観衆は、タネも仕掛けもございませんなんて本気で信じているはずがないし、本格ミステリィの読者も、どこかに抜け道があることを承知して読んでいる。それでも観衆は、読者は夢中にさせられる。

 「魅力はミスディレクション」と題された文庫版解説を書いているのは、あの引田天功氏である。最後にタネ明かしがあるかないかを除けば、ミステリィとマジックは共通している。いかに観衆を、読者を煙に巻くか。知らず知らずのうちに現象を難しく捉え、真実から遠ざかるこの歯がゆさ。わざわざお金を出してまで、どうしてこんな思いを味わうのだろう。騙されたいからか。次こそ見破ってやると思うからか。

 その答えを、僕は持たない。でも、どちらも楽しい。だから、やめられない。



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