森 博嗣 08

夏のレプリカ

REPLACEABLE SUMMER

2000/12/20

 『幻惑の死と使途』における有里匠幻殺害および遺体消失事件と同時進行していた、もう一つの事件。それが本作『夏のレプリカ』である。

 本作の文庫版解説を書いている作詞家の森浩美さんは、解説を依頼された時点で森作品をまったく知らなかったそうである。読んでみると、何を書いたらいいものかという戸惑いが、手に取るようにわかる。実に正直な解説だと思う。ただでさえ感想を書きにくい森作品である。よりによって、難物中の難物をぶつけられるとは。

 前作で親友である萌絵との再開を果たした簑沢杜萌は、萌絵たちとマジックショーを観た後、二年ぶりの実家へと向かう。杜萌は仮面の誘拐者に捕らえられ、家族は簑沢家の別荘に拉致されていた。全員無事に保護されるが、犯人グループの二人が射殺される。そして、実家にいたはずの杜萌の兄、素生(もとき)は姿を消していた…。

 絢爛豪華(という言い方は変だが…)な前作と比較すれば、事件は地味である(という言い方もやはり変だ…)。別荘における犯人殺害事件は、長野県警の管轄である。簑沢素生の失踪(?)は愛知県警の管轄だが、有里匠幻の事件に忙殺されて本腰は入れていない。それは萌絵にしても同じ。

 二つの事件を同時期に設定する必然性を一つだけ挙げるとしたら、再開した二人の対照的な現在を際立たせるため、だろうか。だとすれば、狙い通りと言える。人の輪に囲まれた現在の萌絵と、孤独なままの杜萌。二つの事件の扱われ方が、そのまま二人の現在を如実に示しているようにも感じられる。まあ、実際のところは大した意味などないんだろうけど。

 今回ばかりは犀川の出る幕はない。これは萌絵と杜萌の物語だ。しかし、逆に実感させられる。萌絵にとって、犀川との出会いがいかに大きかったか。シリーズ中でも異色の作品だが、やはり「犀川&萌絵」シリーズには違いない。



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