森 雅裕 01


画狂人ラプソディ


2000/12/02

 乱歩賞受賞作『モーツァルトは子守唄を歌わない』が刊行されたのは1985年9月。一方、第5回横溝正史賞佳作となった本作の刊行は同年8月。タッチの差でこちらがデビュー作である。便乗商法もいいところだが、とにかく本作が世に出たのは幸いだった。

 タイトルは、葛飾北斎が後年「画狂老人卍」と名乗ったことに由来する。芸大教授の七裂鉄人が殺害され、画狂人・北斎に関する新資料が盗まれた。芸大生の亀浦と歌川は、北斎の富嶽百景に秘められた謎の存在を知るが…。

 こちらの方を乱歩賞に応募しても、受賞はできなかったに違いない。乱歩賞は受賞作の即刊行を前提としており、荒削りな本作が入り込む余地はないだろう。ほぼ同時期に刊行された二作だが、完成度という点では『モーツァルトは子守唄を歌わない』が上だ。

 一言で印象を述べると、あれやこれやと詰め込みすぎだ。舞台となるのが東京芸大とはいえ、美術と音楽がごっちゃに絡んでメインの謎がどれなのか混乱してしまう。芸術界の事情についての詳細な描写は、なるほど読み物としては面白いが、ディテールに凝りすぎの嫌いがある。バイクやジープについてのマニアックな話は必要なのか?

 そしてとんがった主人公たち。日本画専攻の亀浦、美術史専攻の歌川に、バイオリン専攻の史美を加えた三人がチームを組むのだが、とにかく主張が強い。世間のみならず、芸大の学生たちをも見下すこの態度。ただでさえ芸大なんて縁のない世界である。アクの強い人物描写は読者を選ぶだろうし、会話にはついていけない。

 それでも僕は本作を読んで良かったと思う。『モーツァルトは子守唄を歌わない』にはない、荒削りで青臭い魅力に溢れている。『モーツァルトは子守唄を歌わない』が計算された画風の現代画だとすれば、本作はキャンバスに思いのままををぶつけた抽象画だ。若い情熱のなせる技。まとまりなんかなくてもいい。

 KKベストセラーズから復刊されるまで、本作は入手困難な文字通りの幻コレクションだった。KKベストセラーズさん、もっと復刊しませんか?



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