森 雅裕 08


ベートーヴェンな憂鬱症


2001/12/09

 乱歩賞受賞作『モーツァルトは子守唄を歌わない』に続き、ベートーヴェンとチェルニーの師弟コンビが活躍する連作短編集である。

 古本で入手した文庫版のカバーの装画、どこかで見たことあるなあと思ったら、手がけているのはあの『パタリロ!』の作者魔夜峰央氏であった。巻頭には4コマ漫画のおまけ付きだ。そのコミカルさとは裏腹に、しんみりしてしまう内容である。

 前半二編と後半二編で時代が大きく変わり、それぞれ『モーツァルトは子守唄を歌わない』の事件の前と後である。ベートーヴェンの耳は収録順に悪化し、最後には完全に聴覚を失っている。チェルニー共々、皮肉の冴えも衰えていくのが何だか哀しい。

 最初の「ピアニストを台所に入れるな」。ある事件をきっかけに、小生意気な少年チェルニーを弟子にせざるを得なくなったベートーヴェン。ブラックな結末に一本。

 個人的に最も好きな「マリアの涙は何故、苦い」。何と、皮肉屋でへそ曲がりのベートーヴェン先生が恋に悩む。そこに教会のマリア像にまつまる事件が絡んでくるのだが、これではベートーヴェン先生、すっかりピエロである。容赦のないチェルニーに対し、あくまで強がるベートーヴェン先生に好感度が大幅アップだ。

 最も長い「にぎわいの季節へ」。ナポレオン戦争後の収拾を目的としたウィーン会議では、各国の利害が対立していた。なぜか足を突っ込むベートーヴェン…。うーん、これは長編向きだろう。端折っているみたいでちょっともったいない。世界史に疎い自分自身が怨めしい。チェルニーの活躍の場がないのも個人的には残念。

 ラストを飾る「わが子に愛の夢を」。今風に言うならベートーヴェンにスキャンダル発覚! となるのだろうか。どこまでも不器用なベートーヴェン先生。ああ、しんみり。

 不器用な作家による、不器用な音楽家の物語はこれにて幕となる。この愛すべき師弟コンビが活躍する長編を、もう一つ読みたかったな。



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