乃南アサ 17


風紋


2001/05/06

 宮部みゆきさんの最新作『模倣犯』を読み終えた方は、興奮冷めやらぬうちに本作と読み比べてみるといい。殺人事件の被害者の遺族と、加害者の家族にスポットを当てたという点は『模倣犯』と共通しているが、本作にはより踏み込んだ点もある。

 『模倣犯』は真犯人が逮捕されたところで終わっているが、本作は逮捕後から真の物語が始まる。第三者から見れば、犯人が逮捕されれば一件落着かもしれないが、当事者はそうはいかない。逮捕、送検されればその後は公判が控えている。文庫版は上下巻に分冊刊行されているが、上巻が事件発生から犯人の送検まで、下巻が初公判から結審までを描いている。

 また、親戚や学校の友人たちなど、遺族と加害者の家族を取り囲む人間たちの反応を重点的に描いている点に注目したい。事件の当事者にとって何よりも辛いのは、マスコミの報道合戦ではなく身近な人間たちの目線ではないか。謂れのない中傷を浴びせる親戚たち。腫れ物に触れるように接してくる友人たち。好奇心丸出しの近所の人間たち。突き刺さる目、目、目…。

 ある時はちくりと刺激し、ある時は深々と傷口をえぐる。それでいて致命傷は与えない。文字通りの針のむしろ。サディスティックなまでの周到な描写は、『模倣犯』に勝るとも劣らない。遺族と加害者の家族、双方の苦痛がダイレクトに伝わってくる点では、本作の方が上かもしれない。読んでいてしんどいという点でもかな。

 下巻では、日本の法廷の有様をうまく物語に絡めている。当事者を蚊帳の外に置きながら、結審までやたらと時間を要する日本の法廷。遅々とした展開にいらいらする方もいるかもしれないが、それは当事者の心理そのものでもある。公判と公判の間にこそ意味がある。その間も、当事者は苛まれ続けるのだから。

 長い裁判の果てに残ったものは何だろう。残るとすればただ一つ。遺族に、加害者の家族に生涯つきまとう、事件の当事者であるという事実のみ。救いは何もない。だが、それが現実だ。今こそ再評価されるべき作品ではないだろうか。



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