乃南アサ 20 | ||
殺意 |
本作は、『鬼哭』と対になった作品である。ある殺人事件における、加害者と被害者。『殺意』は、加害者である真垣徹の独白。『鬼哭』は、被害者である的場直弘が死に至るまでの三分間の意識の流れ、という趣向である。初版は別々に刊行されたが、文庫版は『殺意・鬼哭』として一冊にまとめられた。
最初に断っておきたい。これらの作品をミステリーだと思って読まないことだ。そもそも謎が存在しない。謎がないから、解決もない。僕は『殺意』を読み終えて思った。え、これで終わり? 何も解決していないじゃないか…。
二十年以上の付き合いを続けてきた、真垣徹と的場直弘。ある日、真垣は的場を刺殺した。この時、真垣徹36歳、的場直弘40歳。証拠隠滅など端から頭にない真垣は、ほどなく逮捕され、懲役8年の刑を言い渡されて刑務所に送られる。
殺害し、逮捕され、取り調べられ、法廷に立ち、精神鑑定にかけられ、判決を受け、刑務所に入り、そしていよいよ仮出所…という10年間を真垣の独白で綴っている。彼は一貫して動機については黙秘を続ける。最後まで読んでもわからない。どこにも書かれてはいないのだから。殺したいから殺した。彼の中で培われた「殺意」が、その瞬間に花開いた。感想も何も、これ以上に言いようがない。
殺人事件のニュースで、こんな証言をよく聞く。まさか、あの人が…。供述もさっぱり的を射ない。真垣という人物は、まさにその「まさか」に該当するだろう。敢えて言うなら、人間の不可解さ、不気味さを描いた作品と言えるかもしれない。現実の事件には近いのかもしれない。しかし、小説としては…いかがなものだろう?
「エンターテイメントの域をはるかに越え出た力業である」と、解説では評されている。単行本化できる長さにまで引っ張ったのは、確かに力業と言えるだろうけど…。以下、『鬼哭』に続く。