貫井徳郎 02


烙印


2001/05/10

 本作は、文庫書き下ろしで刊行された『迷宮遡行』のオリジナル版である。改訂版である『迷宮遡行』を先に読んでしまったのだが、こちらも読んでみることにした。

 『迷宮遡行』は、リストラされた元サラリーマンの迫水が失踪した妻の絢子を追う物語だったが、本作では絢子は失踪の末に自殺したという設定になっている。警察官を辞職した迫水は、真相究明に乗り出す。この設定ではユーモアを盛り込む余地などあるはずもなく、作風は必然的にハードボイルド色が濃い。

 その他、細かい設定の違いはあるが、途中のストーリー展開はほとんど同じ。僕の興味は結末のみに絞られたが…こりゃかなり苦しいんじゃないか? これはこれで作風は悪くはないと思うが、先に本作を読んだとしてもやはり結末には不満が残っただろう。

 『迷宮遡行』の解説で有栖川有栖さんが述べている通り、読者の胸を打つという点はもちろん、完成度は確実に『迷宮遡行』が上だ。本作の方が優れている点を挙げるとすれば、『烙印』というタイトルが相応しいことくらいかな。 

 あとがきを読むと、貫井さんのミステリー作家としての信念が感じられる。作家としてキャリアを積むにつれて、その信念は徐々に変化したのか。それとも、変化していないからこそより突き詰めたくなったのか。いずれにせよ、決定版『迷宮遡行』が書かれた。ことさらに新刊であると強調していた気持ちが、わかる気がする。

 『迷宮遡行』が刊行されたことで本作の存在意義がなくなったかといえば、そんなことはないと思う。作家貫井徳郎の足跡として、今後もラインナップに残しておくべき作品だ。失礼な言い方かもしれないが、『烙印』というプロトタイプがあったからこそ『迷宮遡行』という完成品が生まれたのだから。

 もちろん、『烙印』の方が好きという読者もいると思う。どちらか一方しか読んでいない方も、両方とも未読の方も、読み比べてみては。



貫井徳郎著作リストに戻る