貫井徳郎 13


迷宮遡行


2000/11/20

 本作は、デビュー第二作として刊行された『烙印』の大幅改訂版であるが、貫井さんの弁によれば七割近くは書き下ろしであり、まったく別の話と思ってほしいとのこと。新刊だと考えて差し支えないだろう。

 僕は『烙印』を未読なのだが、解説によれば主人公の迫水(さこみず)は元警察官であり、作風もハードボイルド色が濃いものだそうだ。一方の本作の主人公迫水は、リストラされた上に最愛の妻絢子(あやこ)に失踪された元サラリーマン…。

 読み始めてすぐに、僕は感じた。これは本当に貫井さんの作品か? 『慟哭』や『修羅の終わり』のような重厚さはまったくない。あまりの読み易さに、遅読の僕でもすいすいと読み進められた。かつてないほどユーモラスでコミカルな文体と、飄々とした主人公。

 そんな迫水だが、妻への愛は人一倍だ。単身、妻の行方を追う迫水。なぜか彼が行く先々に、日本を二分する暴力団である渡辺組と神和会の影がちらつく。彼は妻を探しているだけだったのに、物語は急展開していく。

 当然ながら、迫水は捜査のいろはも知らない一般市民である。ヤクザに凄まれれば肝が縮む。当然だろう。そんな彼だから、憎めない。親近感が沸くし、応援したい気持ちになってくる。颯爽と登場してヤクザを一網打尽にするような主人公は、まあかっこいいだろう。でも、それだけだ。応援しなくたって勝手に解決してしまうだろう。

 終盤に差し掛かると、一転してそれまでのユーモラスさが影を潜める。復讐鬼と化した主人公が、二転三転した末に至った真相とは。あまりにも酷な結末。中盤までのユーモラスな作風との落差に、読者は打ちのめされるに違いない。

 あまりにも切ない、愛と友情を貫いた不器用な男の物語。貫井さんの新境地、と言っては失礼だろうか。うーん、やはりキャラクターの魅力は重要だよね。



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