貫井徳郎 15


空白の叫び


2006/09/11

 『殺人症候群』は裁かれない罪を多面的に描いた大作だった。唯一欠けていたのは、加害者の視点。本作はより踏み込んで、加害者となった少年たちの心の動きに迫る。上下巻だが、それに見合う読後感が得られることは保証する。

 日々紙面を飾る少年犯罪のニュース。しかし、加害少年について我々が得られる情報は限られている。当事者である遺族にさえも、「更正」の名の下に情報は閉ざされる。若くして殺人者となった彼らのその後が報道されることは稀だ。社会的影響の大きさから、「酒鬼薔薇聖斗」の出所は報じられたが、これは極めて異例と言っていい。

 ある少年は語る。「心の闇」というのは便利な言葉だ。とりあえず、理解の及ばない連中を一緒くたに括っておける。ここに、境遇も性格も異なる三人の同年代の少年たちがいる。彼らはそれぞれに歪みや鬱屈を抱えている。あるきっかけで、それらは爆発する。衝動的に殺人者となった三人。少年が殺人者に堕ちる瞬間とは、かくも呆気ないものなのか。これもまた「心の闇」なのだろう。だが、殺人に至る道筋は幾通りも存在する。

 三人が殺人者となるまでを描いた第一部の迫力は凄まじい。決して感情移入はできないはずなのに、破裂するまで鬱屈を溜め込んだ彼らの心の動きが、心臓の鼓動を速める。息苦しさを覚える。そして、接点のなかった三人が少年院で出会う第二部。あまりにも若い殺人者は、院内でも注目の的だ。「更正」を目的とした院内の日常に目を瞠る。彼らは殺人者。いかなる仕打ちにも同情などしない。それなのに、心がざわめくのはなぜだ。

 読み応えのある上巻とはやや空気が変わる下巻は、三人の出所後を描く第三部で占められる。自分の周囲に、殺人を犯して少年院を出所してきた少年がいたとしたらどうだろう。更正を信じて、温かく見守ることができるか。答えは否だ。世間は殺人者が立ち直ることなど、のうのうと生きていくことなど望んではいない。結局また鬱屈を抱える三人。

 少年院で奇妙な縁が生まれた三人が、選んだ道とは。それは引き返せない道。ある者は生きるためと言う。一番気弱そうな彼の豹変ぶりに肌が粟立つ。ある者は自暴自棄な破滅衝動に突き動かされた。呆れるほどに見事な計画には、彼らが知らないうちに綻びが生じていたのだった。殺人者に残された選択肢は、あまりにも皮肉な結末に至る。

 出所した三人に付きまとう悪意の正体など、ミステリー的には弱い点や強引な点も正直あると思う。しかし、三人の少年たちの心の軌跡は、それらを補って余りある。だから、重さや長さにひるまず、三人の『空白の叫び』に耳を傾けてほしい。



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