貫井徳郎 22


ミハスの落日


2007/03/07

 労力を要する割には短編集は売れないと言われる。近年は年末ランキングの上位に短編集が食い込む例もあるが、やはり少数と言わざるを得ない。

 そんな中、労力を要したという点では右に出る作品はないだろう短編集が届けられた。貫井徳郎さんの新刊『ミハスの落日』は、全5編が海外を舞台としている。すべて現地取材を敢行した上に、ミステリーとしての意外性や驚きを盛り込まなければならない。

 これらの作品群には、海外を舞台としなければならない理由がある。例えば「ジャカルタの黎明」における連続殺人の背景は、日本では成立しにくいものだ。「カイロの残照」における男の悲哀は、イスラム社会の慣習と密接に関わっているのである。

 本作中では異色の警察小説「ストックホルムの埋み火」。この手の犯罪は日本でも起こるだろうが、北欧という舞台と奇妙にマッチしている。警察が忙しいのは万国共通か。

 密室物アンソロジー『大密室』にも収録された、表題作「ミハスの落日」。彼の推理はほぼ当たっていた。ただ一点を除いて。ここに描かれた唾棄すべき事実は、日本にも存在する。だからと言って、日本を舞台にするには、たとえ小説でも生々しすぎる。

 「サンフランシスコの深い闇」は、『光と影の誘惑』に収録の「二十四羽の目撃者」と同じ人物たちが登場する。しかし、「二十四羽の目撃者」とは対照的に、コミカルさはどこへやら。日本を舞台にしても違和感がないであろう点にこそ衝撃を感じる。

 口の悪い読者は文献で調べた知識でも書けると言うかもしれない。だが、現地の空気に触れてこそ想像力を刺激されることもあるだろう。文献を調べるのも結構だが、それに頼りすぎては単なる知識の羅列に陥りはしないか。百聞は一見に如かず、である。

 意外性という点では表題作「ミハスの落日」と「カイロの残照」が特にいい。ミステリーの短編集を探している読者に、今お薦めしたい一冊だ。



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